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貴方と出会えたこの日に感謝を

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「帝人」
「帝人兄さん」
二つの声に名を呼ばれ振り向けば、幼いころから知っている兄弟がそれぞれの手に一輪の花を携えて佇んでいた。一瞬瞠られた蒼い眸が、ああ、と柔らかく綻び、帝人は彼らの元へと駈け寄る。
「幽くん、静雄くん」
サングラスの下の眸が照れ臭そうに細まり、無表情だった顔が僅かに綻ぶ。そして手に持っていた花を帝人に差し出した。
誰もが知っていてそして懐かしさを感じさせてくれる、赤いチューリップの花。
それは幼いころからずっとずっと続いている二人から帝人への贈り物。



「誕生日おめでとう」



祝福の声に、帝人は面映ゆそうに微笑んだ。








静雄と幽にとって帝人は優しくて可愛くて大好きなお兄ちゃんだった。
互いに共働きの両親が居たせいか、隣近所だった帝人と静雄達はよく一緒にご飯を食べたり休日を過ごしていた。帝人はすぐに怒ったり拗ねたりする静雄を宥めたり、時には怒って窘めたりしてくれた。感情の乏しい幽の気持ちを読み取るのが上手だった。
帝人は、静雄が化け物のように力が強くなっても、以前とは変わらない態度で静雄達の傍に居てくれた。
静雄が自分の力を憎んで憎んで悔しくて哀しくてたまらなかった時も、帝人は静雄の目を真っ直ぐに見つめて言ったのだ。

「人より力が強いからってそれが何だって言うの?静雄君は静雄君のままだよ。それともその力で暴れたいって思ってる?」
「そんなこと思ってない!」
静雄の力強い拒絶に帝人は優しく微笑んだ。
「うん、知ってるよ。静雄君が一番その力で傷付いてるんだよね。僕も幽君も、君の両親も皆、そのことを知ってるよ」
額と額を合わせ、静雄の涙に濡れた眸を蒼い眸が優しく映しだした。
「本当に怖いのは暴力を楽しむ人だよ。人を傷つけることを厭わない、そんな人間だ。でも静雄君は一番その力に傷付いて哀しんで苦しんでる。だから僕は静雄君が全然怖くない。昔も今もずっと静雄君は優しくて良い子だって思ってる」
「っ、」
「だから苦しまないで、優しい子。僕らはどんな君でも愛しているよ」
「みか、ど・・・・・ッ」
細く頼りないけれど、静雄よりも大人な身体に勢いよくと抱きついた。反動で二人倒れこんでも、静雄は帝人から離れようとはせず、何度も何度も帝人の名を呼んだ。
帝人は応えるかのように、震える静雄の背中を優しく撫ぜてくれた。静雄が泣き疲れて眠るまで、ずっと。



「みかにぃ」
「幽くん」
静雄が帝人の膝の上で眠りに付いてから数十分後、扉から幽がそろりと顔を出した。帝人が手招きをすれば、幽は素直に部屋へ入り、帝人の隣にぺたりと座った。
「にいさん、ねてるね」
「うん。この処あんまり眠れてなかったみたいだったから、良かった」
静雄の頭を撫ぜる指先を幽はじっと見つめる。
「幽くんも」
呼ばれ見上げれば、美しい蒼が柔らかく微笑んでいた。
「お兄ちゃんがずっと心配だったんだよね。でも、大丈夫だよ。今はまだ辛くて哀しくて泣きたくなることがいっぱいあるかもしれないけれど、君のお兄ちゃんは、…静雄くんはきっと前を向ける」
帝人の言葉は魔法のようだと幽は想う。心に沁み渡って、本当にそうだと想わせるような、そんな力があると。泣きたくなるぐらいの愛が、そこにあるような気がするのだ。
「静雄くんも、幽くんも、二人とも良い子で優しい子だよ」
幽は唇を開き、何かを言おうとしてしかし何も言えずにそっと閉じる。その代わりに、帝人の身体に寄りかかる。子供とは言え、二人の体重を支えるほど帝人はあまり身体が発達していなかったけれど、文句一つ零さずそのまま静雄と幽を受け止めてくれる。
「みかにぃがそう言うなら、信じる」
帝人の手を握れば、優しく握り返してくれた。(でも)幽は瞼を閉じながら想う。
(本当にやさしいのはみかにぃみたいなひとを言うんだ)
そして、その優しさに包まれる自分達は何よりも誰よりも幸福なんだと、幽は手から伝わる温もりを感じながらそう想った。



優しくて、暖かくて、大好きなひと。
それが静雄と幽にとって、竜ヶ峰帝人という存在だったのだ。



だから、いつも静雄たちに優しくしてくれて、暖かく迎えてくれる彼に何かをしてあげたいと思うのは必然の事だった。
帝人の誕生日を知った二人は何かプレゼントをと幼い思考なりに考えたけれど、少ない小遣いではあげるものも限られてくる。手作りも考えたけれど、ちょっと力入れただけで材料を壊してしまう静雄と誰似なのか物凄く不器用な幽では、材料の無駄になるだけだった。
「にいさん、どうしよう・・・・」
「どうしようって言われても・・・・」
八方塞で途方に暮れる静雄の視界に、公園の花壇が映った。静雄の目が見開かれる。
「幽!あれはどうだ!」
兄の指差す先を見た幽は、あ、と口を開き、そうして大きく頷く。静雄は公園の花壇に咲く、チューリップの花を指差していた。
「あれ、ひっこぬいちゃだめだよな」
「にいさん、お花屋さん行ってみようよ」
「花屋か。幽、おまえ頭いいな。・・・・お金足りっかな」
「おれの分と合わせればだいじょうぶだよ」
「よっし、じゃあ行くか!」
それから花屋に飛びこんで、二人で一本のチューリップを買った静雄たちはその足で帝人の家へと向かった。そうして出迎えてくれた彼に、大きな声で「たんじょうびおめでとう!」と言って可愛く包まれたチューリップを差し出した。その時、帝人が浮かべた表情を静雄も幽は一生忘れないと思っている。




年月が過ぎ、帝人の制服が学ランからブレザーになっても、静雄の髪が金色になっても、幽が芸能界の道に進んでも、静雄と幽は3月21日には必ず彼に会いに行った。
さすがにもう二人で一本ではなくなったけれど、変わらないプレゼントに帝人は毎年嬉しそうに受け取ってくれる。
ありがとう、と。ずっとずっと変わらない笑顔で。
だから静雄と幽も告げるのだ。毎年、同じ言葉を。変わらない想いを。



「帝人兄さんに出会えた奇跡に感謝するよ」
「帝人、生まれてきてくれてありがとう」



おめでとう、と言葉と共に両側からふわりと降った唇に帝人はやっぱり嬉しそうに笑った。