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ベイビークライは不自由に笑う

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先日、一つの同盟ファミリーが潰滅した。
内部の裏切りによって。


駆けつけた時にはすでに遅く。
誰一人として生きている者はいなかった。
皆が死をいとみ、嘆き、祈りを捧げ、そして激しい怒りを燃やした。
裏切り者に制裁を!死を!

そんな中、ただ一人ボンゴレボスは冷静だった。
正気を欠いた者達をたしなめ、理解と共感を示し平静を促した。
中には反感を持つ者も小数ほどいたが、ほとんどの者は敬意を贈り、ますますの忠誠を示した。

"さすが我等がボス"



この中の誰が気づいただろうか。
もしかしたら誰も気づいていないかもしれない。
僕らだけしか気づいていないのかもしれない。
彼が貼りつけた幾重もの仮面に。

数日後、捕らえられた裏切り者はボスに引き渡された。
その後のことは、誰も知らない。












「…アラウディ?」

執務室の扉を開けたジョットの目に見知った姿が映った。
月明かりを背に受け、窓辺に寄り掛かっている。色素の薄い金髪は、昼間の光よりもさらに薄く、銀よりも白に近い。
ジョットの呼び掛けに閉じていた瞼をゆっくりと持ち上げた。

「やあ」
「こんな所で何をしている?」
「それはこっちの台詞。ジョット、君」

ここに何しに来たの?と、問う声音はいつもと変わらない。
ジョットは柔らかく笑みを返す。

「来てはいけないのか?仮にもオレの第二の私室でもあるんだが」
「だって君抜け出して来たんでしょう」

ろくに寝ていないでしょう。
二人の距離は変わらない。変わったのは互いの視線。
変わらぬ先の一方で、いけない事がばれた子供の様にバツの悪い顔を反らす。

「Gがついてたはずだけど」
「…一服しに行く隙を見て出て来た」
「ジョット」
「少し散歩していただけだ。ここへもたまたま…」
「仕事で紛らわせたところで消せないものはあるんだよ」

弾かれたように顔が上げられる。
再び交わった視線には様々な感情が入り交じっていた。
それでもまだ表情は崩れない。
ああ誰が知っているだろうか。
この幾重もの仮面を。

それを剥いでやりたいと思っているなど。



裏切り者が見つかった後も、ジョットは何ら変わらなかった。
否、変わらないように見えた。
本当に?
今まで以上に仕事をこなし、領地を廻り、同盟ファミリーに出向き。あれほど朝に弱かった人間が、夜に別れた時と変わらぬ様でデスクに向かい迎えてくれることが、本当に変わっていないのか?
守護者の皆はそれとなく休息を促し紛らしに娯楽に誘った。Gに至っては率直に寝ろと寝室に突っ込んだ。
スペードにしても珍しくよく顔を出し、時に娯楽に興じた。
ジョットも、最初は素直に従うのだが、一息つく度、目を離した隙に、また仕事に手をつける。
そして決まって必ず「大丈夫」と笑って言うのだ。



「馬鹿だよね」
「…何?」
「聞こえなかった?馬鹿だと言ったんだ」

仮面を被り続ける男も、傷に気づいていてもそれに触れようとしない奴等も。

「触れない傷は膿んで腐る」
「オレが壊れるとでもいうのか?」
「可能性の話さ」

一歩。

「現に許容も処理もしきれていない。容量を超えた仕事をこなすことで逃げているようにしか僕には見えないね。そのうち逃げられなくなる」
「オレは何からも逃げてなどいない」
「嘘つき」

本当は分かってるくせに。
また一歩。

「いかに仕事をこなしても街を歩いても同盟ファミリーに足を向けても、誰も全てを見ることは出来ないし知ることも出来ないんだよ」
「…黙れ、アラウディ」
「そしてあのファミリーを救うことも誰も出来やしないんだ」
「黙れ!!」
「人間に出来ることには限りがあるんだよジョット」

荒ぐ声。それでも止めてやらない。
もう一歩。

「未然に防げなかったとしても、少しでも早く知ってさえいれば救える命はあった!助けられたんだ!」
「悔いることも憤ることも恥じゃない。けれどそれは理想論だ、ただのエゴだよ」

過ぎ去った事を口でどう言おうが叫ぼうが、それはもう『過去』でしかない。
結果と理想は時にイコールだ。
月明かり。暗い中でも震える口がよく見える。
亀裂を生んで深く、仮面にヒビが入る音。
あと一歩。

「…人の中に無遠慮に入り込んで傷をこじ開けて、満足か?」
「君は触れられないまま、腫れ物扱いのままで満足なの?」
「なら泣き言の一つでも言って皆に慰められでもすればいいのか?お前の胸に縋って泣きつきでもすれば満足か?」
「それを君が望むなら」
「ハッ…、今のお前とオレと、どう違うというんだ…お前のエゴをオレに押しつけるな!」
「そうだよこれは僕のエゴだ。けれどね」



「それでも僕は君を泣かせたくてたまらないんだ」















仮面が割れる音がした。


















いつもよりずっと近い距離。熱も鼓動も、微かな震えすら皮膚を通じてよく分かる。

「最近の君は見ていてとても不愉快だったよ。同じ不愉快なら鼻水まみれの汚い顔の方が全然良い」
「…………」

ジョットは暴れることなく、アラウディの腕の中に収まっているが、それでもまだ堪える様に拳を握り締めている。

「君が自分で何を制約しているかは僕にはどうでもいいけど、ボスだからとかそういう下らない考えは棄てた方がいい。人間なら人間らしく感情に任せな」
「…お前も人間だろ」
「生憎君らよりも人間が出来ていない」
「ハッ…最低だなお前」

ジョットが僅かに身動いだ。
素直に腕の力を緩める。

「…アラウディ、離せ。…そのまま、後ろを向け」

言われた通りに腕を離すとその場で回れ右。
すぐ後に、トンッ、と背中に頭がくっついた。

「すまない…しばらく貸してくれ」
「存分に」

小さい声でもう一度「すまない」と返ってきた。
空いた腕は己の胸の前に。
…まだ涙は見せてくれない、か。
どうせなら、それこそベッドの上で泣かせてやりたいと思って、下世話な考えを止めた。
とりあえず背中越しに声を殺す不自由な人間が、まだマシな顔を明日見せてくれるならそれで十分だと思った。







僕は君の仮面の剥がれた顔が好きなんだ。

そう言って不器用な人間は笑う。