トゥルー後、紅莉栖とラボにて(シュタゲ)
今日も我がラボは平和である。
さらに言えば、下の階にいるであろう天王寺親子や、桐生萌郁も。
きっと、平和に時を過ごしているのだろう。
――未来の俺が、シュタインズ・ゲートと呼んだ、この世界線。
それは、まゆりや紅莉栖が生きている世界線。
なにが起こるかもわからない、不確定な未来が待っている世界線。
俺が、大切な人たちに、犠牲を強いてまで手に入れた世界線。
そして。
「…岡部さん?」
「……」
…紅莉栖を殺さなければ…手に入ることのなかった、世界線。
「あの…岡部さん?」
「あっ…ああ、聞いている。どうした?」
彼女は心配してくれているのか、いぶかしんでいるのか。
いずれにせよ彼女は、困ったような瞳を向けていた。
「いえ…その…」
その瞳の奥に潜むものは、俺にはわからない。
「なにがあったかはわからんが、この狂気のマッドサイエンティストである、鳳凰院凶真が…」
「教えてくれませんか」
「な…なにをだ?」
その瞳はいつの間にか、強い意志を称えているように見えて。
「私とあなたの…いえ、むしろ…あなたのことです」
「ふ、フゥーハハ!俺のことが知りたいとは助手としての精神が…」
「茶化さないでっ!」
「…っ」
「夢を見るんです!あの日から、ずっと!」
「く、紅莉栖…」
あの冷静な彼女が感情的になるほどに。
ずっと、彼女は悩まされていたのだろうか。
自分の知らないはずの記憶や、感情。そして…痛みに。
「こんなの、科学者らしくない滅茶苦茶な話だってわかってるんです!でもっ…」
自分でもわからない痛み。
それなのに、俺は、その答えを持っているのだろうと。
「…わかった」
「…え?」
…もし、話すことで未来になにかしらの影響が出るとしても。
駄目だった。俺は、これ以上彼女の悲痛な顔を見ていたくはなかった。
それがどんなに、独善的だとしても。
そもそも、俺は決めたはずじゃないか。
何が起きても…この手が届く限り、俺が傷つけてしまった人を…紅莉栖を、守るんだと。
…そして俺は話していく。
荒唐無稽な真実を。
俺が、このシュタインズ・ゲートにたどり着くまでにあったことを。
いつか彼女に助けを求めたときのように。
―キスをしたことなどは話さないように気をつけながら―その上で、見殺しにしてしまったことも。
そして。
「続けてください」
「…ああ」
彼女は、真摯な瞳で俺の話を聞いていた。
いつか、俺が助けを求めたときのように。
そして…話さなければならない。
「そしてお前を救うために、俺達はタイムマシンに乗り込み…お…俺は…」
手が震える。
「牧瀬…紅莉栖を…」
「岡部さん…?」
脳裏に、フラッシュバックする。
――俺の腕の中で、震え、死んでいった彼女が。
目の前にいるはずなのに。
「この手で…殺したんだ…っ」
「あ……」
「β世界線で…っまた、お前を…っ」
あの時。
彼女は、死にたくないと。
たすけて、と。
「俺はっ…俺はぁぁぁぁぁっ!!」
彼女は、怯え、震えながら――
「ねえ」
「っ!」
突然。
紅莉栖は、その胸に俺を抱きしめるように。
「私が聞かなかったら…あんたはいつまで隠すつもりだったの?」
「………それは」
「…馬鹿じゃないの?一人でできもしない格好つけて!あんた一人で背負っていけるなんて自惚れも…!」
「それでも!…自惚れだとしても、背負わなきゃいけないんだよ!俺、が…っ?」
ぱしん、と。
乾いた音がして、左頬がジンジンと熱を帯びる。
紅莉栖の目は、涙を称えていた。
「私がっ…あんたの力になってきたのは…あんたを苦しめるためじゃないんだから…っ!」
「紅…莉栖…お前…?」
ぽろぽろと大粒の涙を零しながら、紅莉栖は尚も続ける。
「たとえアンタ誰かの思いの上に立ってるとしても…っ」
「アンタが…その手で私を殺したとしても…っ!」
それは…あの日、ラジ館で聞いたような、悲痛な声で。
「まゆりのために、…私のために、ボロボロになってまで、たどり着いたんでしょ…?」
――そうだ。俺は、たどり着いた。
この、世界線に。シュタインズ・ゲートに。
「それなのに…毎日…泣きそうな顔して…馬鹿じゃない…っ」
俺の胸に顔をうずめるようにして、紅莉栖は泣き続ける。
子供のように、しゃくりをあげながら。
自惚れなどではなく、おそらく、俺のために。
「すまなかった…いや」
胸にうずくまる、華奢な体を抱きしめる。
「ありがとうな、助手よ」
「助手って…いうなぁ……」
俺は受け止めた気になっていたのかもしれない。
彼らの想いを歪めてまで、背負おうとしていた。
忘れてはならない業。
しかし、きっと。
それは、皆で背負っていくべき業なのだろう。
その痛みや、その罪を。
そして、どれくらい経っただろうか。
腕の中の紅莉栖は落ち着きを取り戻し、今は、二人並んでソファーに座っている。
「ごめん…あたし、混乱でもしてたのかな。なんだか、興奮してわめいちゃって」
「あ…いや…」
…情けない。なんだか言葉が上手くついてでない。
「岡部は…その…さ」
「ん?なんだ?」
「この世界線を目指したのは、戦争を――」
「お前が生きる世界にしたかったのだ」
「…ふぇ?」
「…戦争だろうとディストピアだろうと、関係ない」
「ふ…ふーん!そっか!そうなのか!な、なら…いい…」
そういうと紅莉栖はクッションに顔をうずめてしまった。
「そ、その…だな」
「…なによ」
紅莉栖は顔をうずめたまま。くぐもった返事をよこした。
「もし、よかったら…また、ラボメンとして、一緒にいてくれないか」
「それ、この世界線での私はラボメンじゃなかったってことかしら?」
急に顔を上げ、睨むような目つきを向けてくる。
「い、いや、そうじゃない!そうじゃなく…」
「…なら、いいじゃない」
「え?」
「気に、してるんでしょ?」
…その言葉が指すのは、おそらく、俺がこんな質問をしてしまった理由なのだろう。
気にしないわけが…ない。俺は、2度も彼女を殺してしまったのだ。
この手で。愛する女を。
「確かに岡部は私のことを、…殺したかもしれない。
…でもね。
こうして、自分が死ぬかもしれないような傷を作ってまで、迎えに来てくれた」
華奢な指が、衣類の上から傷の痕をなぞる。
「わ、私は、こうして一緒に居れる今がっその…幸せ…だけど…岡部は、どうなのよ…?」
そういってしおらしくもじもじとしている様が。
「紅莉栖」
「え?――んむっ――――」
愛おしくて。
「――――ぷはぁっ」
「……っ」
泣きながら―彼女ごと―この幸せを、強く抱きしめていた。
作品名:トゥルー後、紅莉栖とラボにて(シュタゲ) 作家名:ロゼッタ