片思い。
電灯によって明るくなった部屋で、読書をしている銀髪の巻き毛が印象的な少年が、隣でクッションを抱き締めて唸る青年に声をかけた。
「…何してるの」
少年と違って、赤いストレートの髪をポニーテールにした青年はクッションに顔を埋めたまま答えた。
「……もん」
「ごめん、全く聞こえない」
本から顔を上げて少年が言っても、青年は顔を埋めたままだった。
「…いい加減にしなよ、ニトロ」
「…うー…」
少年が言うと、やっと青年は顔を上げた。横顔でも、頬が真っ赤だった。耳の辺りまで赤く染まって、少年から見ても少しだけ可愛かった。
「で?ニトロは何してるの?」
「…考え事」
「あっそ。君が何考えてようがどうでも良いけど」
「シープ冷たい。羊の癖に。モフモフしてないし」
ニトロと呼ばれた青年は、シープという少年を見ずに愚痴る。
「…悪かったね、モフモフしてなくて。後、悩むなら僕より仲の良い奴に言いなよ」
「ブレイドに言ったら絶対無視されるし」
その言葉を聞いて、シープは共感した。古城にやたらと詳しい長髪のあいつは、悩み事ぐらい無視してもおかしくない、と。
「…え、もしかしてブレイド以外に仲良い人いない訳?」
「ソーラーは仲良いけどさー、真剣になられても困るし」
「あのさ、本気で悩んでるの?」
「本気ー」
「じゃあ何で真剣になられて困るのさ…」
本に栞を挟んで閉じて、シープはニトロの横顔を見た。
「恋の話だし」
「…へぇ」
それを聞いて、シープは面白い物を見つけたような表情になった。
「じゃあソーラーに話しちゃダメだね」
「は?何で?」
本気で驚いたのか、ニトロは顔を真っ赤にしたまま目を見開いてシープを見た。ここまで喰いつくとは思わず、シープは少し驚いていた。
「え…知らないの?」
「何をだよ」
「いや…ソーラーの好きな人…」
言いながら、シープは内心でソーラーに謝っていた。どういう反応をするかが楽しみで言っただけなのに、ここまで探られるとは思っていなかった。それどころか、ニトロが知っている事を前提で言った。
「…被った?」
「いや、その可能性は低いから」
「なら…アレか。ソーラーが俺に惚れたとか」
「…………」
さっきまで悩んでいた癖に、あっけらかんと笑う姿を見て呆れた。どうしてその2つの選択肢しか無かったのか。そして、どうして可能性が低いと言ったのだろう。
「…(ソーラー本当にごめん…)」
「何で黙るんだよ」
「いや…ニトロって馬鹿だなーって…何でそんな馬鹿な発想があるのさ」
適当に場を濁して、何とか真実を見抜かせないようにする。ここでバレたら、普段は温厚で明るい彼がどれだけ怒るか解らないから。
「んー…まあ良いや。あんまり誰が誰を好きとか探るの、面白くないし」
「そっか。とりあえず、僕は悩みを聞いてあげれば良いんだね?」
興味もあまり無かったのか、ニトロはポニーテールを解きつつ言う。セミロングの赤い髪が肩に零れる。シープは巻き毛の為、ニトロのように綺麗に流れる髪が羨ましかった。
「で?真っ赤になって悩んでた内容は?」
「あ、赤くなってない!」
言いながらニトロは未だに赤い頬を擦る。
「こ、声かけられた…」
「ああ、君スタントマンだしね。映画の撮影?」
「それだったら慣れてるし」
さらりと言うニトロに対し、シープは軽く溜め息を吐いた。映画撮影は慣れているという事実に。
「前から好きだった人に声かけられてさ…」
髪を下ろしたまま、指を絡ませて俯きながら話す。話の内容は聞かせられないものの、この姿を見たらソーラーはどう思うのだろう。
「悩む事無いと思うけど。少なくとも嫌われてはないでしょ」
「だから悩むんだって」
髪を結び直すのも忘れて、ニトロは膝を抱えた。恋というより、誰かをまともに好きになった事の無いシープには全く解らなかった。今まで読んだ本も、恋という描写は多かった。それでも、シープには何が恋なのかが解らず、読むだけ読んで興味も無かった。
「…声をかけられたぐらいで好かれてると思うなって事?」
本で読んだ言葉を適当に言ってみる。すると、ニトロは顔を膝に埋めて頷いた。
「俺さ、あの人好きだし。けど邪魔になるようなら陰で見てれば良いし…」
「…小説でよく見かける女の子みたいだね」
「何のジャンルだよ」
自分は相手の傍にいたい。でも相手にとって邪魔な存在なら、相手が他の女の子が好きなら、自分は身を引こう。そんな小説。
愛しい相手なら大切にしたい。その気持ちにはシープにも何となく解る。それでも、自分を最優先にせず、相手の事ばかり考える気持ちは解らない。人間に近い思考を持っているからかも知れない、自分が一番可愛い。自分が一番大事。恋もした事の無いシープは、相手を独占しようとしない事が解らない。
「好きなら、自分だけのモノにしたいとか思わない訳?」
シープが言うと、ニトロはようやく顔を上げた。声をかけてきた相手を思い出していたのか、まだ紅潮していた。
「氷漬けにして眺めるとかさ、思わないの?僕は恋なんて解らないけど」
「…少なくとも俺は」
言葉を選ぶように、ニトロは途切れ途切れに話す。
「あの人に好きって言われたい。けど、独占しようとは思ってない。他の誰かの中から選んで、それで俺を認めて欲しい。誰かに譲る気なんて無い」
それでも、解らない。言われても、解らない。
誰かに譲りたくないなら、独占すれば良いのに。それこそ、監禁でも何でもして。
「…矛盾してるよ」
シープが言うと、ニトロは何も言わず立ち上がった。
「話したら落ち着いた。ありがとな」
それだけ言うと、ニトロは手早く髪を結び直して出て行った。栞を挟んでおいた本を手に取り、再び読もうとシープは俯いた。少しした後、エンジン音が聞こえた。どうせまたニトロが出掛けたんだろうと思いつつ、ページを捲る。丁度恋の話をしている章だった。
「…へぇ」
本文を読み、シープは微かに微笑んだ。そこには、仲の良い友人に悩みを相談したのち、もう一度会いたいと出掛ける少女の姿が、美しい文章と共に描かれていた。