条件A
これがマンションの一室などであったらミスマッチ極まりないものとなっていただろうが、
何しろここは場末の鄙びた廃工場なわけで、その青年の姿は上手い事周囲に溶け込んでいた。
折原臨也は青年と呼ぶには少々歳がいっていたが、その違和を感じさせぬほど若々しく、
顔立ちもかなり良いといってよいものだった。その折原臨也が何故このような廃工場に、
それも鎖で縛り上げられた上で横たわっているのか。そこには深い理由があるのだった。
1
路地裏
「で、隆志は一体何処にいるのかしら?」
「本当に君は、隙あらば隆志隆志……どうやら君の行方不明の彼氏はそうとう罪な男みたいだ」
黒髪の美少女と臨也はまた、対峙していた。
少女の方は双方の零れ落ちそうな瞳を紅く光らせ、臨也はその視線と、刃を受け止めていた。
少女、贄川春奈はその華奢な身体に見合わないほどの力で、強く握り締めたナイフを彼に
押し付けていた。彼女としては受け止める事などできない速度でナイフを突き出したつもり
だったのだが、常に刃物を携帯している男はそれを上回る瞬発力でそれを防いだのだ。
「あなただって罪な男よ。いつもそんな物騒なモノを持ち歩いて」
「銃刀法違反だって言いたいのか?確かに罪ではあるけど……」
こうして会話を交わしている間にも、臨也は自分が力を加えやすいようにじりじりと体制を
捻らせていき、少女の方の刃は滑りそうになる。
長期戦に持ち込まれては埒が明かないと判断したのか、春奈は小さく舌打ちをすると
人間離れした脚力で後方に跳び、着地と同時に瞳の色を戻した。緊迫した雰囲気はそのままに。
「何度も言うように、さっさと隆志の居場所を吐いてくれさえすれば何度もこんな危険な目に
合わずに済むのよ? それとも貴方、よっぽどのマゾヒストなのかしら?」
「そこまで危険な目に合ってる気はしないがなあ。君、化物の癖に俺よりとろいし」
春奈は妖刀《罪歌》の使い手で、斬った者を自分の意のままに操ることが出来る。
つまり彼氏の現在地を知っているであろう臨也を斬って居場所を喋らせようという魂胆なのだろう。
「貴方が罪歌の子になったら一体どれだけの戦力になるのかしらね……」
愛おしそうに手元の刃に目をやったあと、彼女はふと思い出したように言う。
「そういえばいつもの取り巻き連中、今日は何処に行っちゃったわけ?」
池袋で暴走行為を繰り広げているはた迷惑なチーム、『屍龍』は臨也のボディーガードでもある。
情報屋としてあらゆる層から信頼を受けている彼は、同時にあらゆる層から恨まれていた。
極端な話いつ殺されてもおかしくないレベルなので、報酬付きで暴走族に自らを護らせているのだ。
「あれ?」
「まさか、今気づいたの?」
「いや、違うんだ。今日はそもそも護衛頼んでないからこれでいいんだけど……」
臨也は少し不可解なものを見るような表情で辺りに目をやったが、まあどうでもいいかと呟き
「じゃあ俺はこれで帰らせてもらうよ」と春奈に告げ、早歩きで路地裏を抜けていった。
「はっきりしない奴ね」
そう吐き捨てると、彼女も帰路に着くべく彼と反対方向に足を踏み出した。
「(何か……異端の何かが居たのは確かなんだが)」
彼は先ほどの違和感に気味の悪いものを感じていた。