いらえ
目覚めると全身は重い倦怠感に苛まれ、取り戻した聴覚はただ己の息づかいのみを捕らえた。四肢に力が入らない。まるで一日の始まりを拒むように、両手足はべったりとシーツに貼り付いていた。自分の惨状に流石のスザクも自嘲する。最近は、こんな朝ばかりだった。
暫く仰向けのまま天井を見つめた。四角いだけのそれを呆然と眺めて、呼吸と脈拍のリズムのずれを煩わしく感じた。 なんとか上半身だけは起こし、サイドテーブルに置かれた仮面に手をのばす。右手でその丸いフォルムをなぞり、再びもとあった場所へ丁寧に戻すと、スザクは次にサイドテーブルの引き出しからナイフを取り出した。金の装飾が施された、美しいナイフだった。綺麗に研かれた刃は煌めき、翡翠の双玉を映している。スザクの覇気のない瞳が、己を見ていた。
切っ先を喉もとへと向けた。一撃で致命傷になるよう、一切の恐れを捨てて。迷ってはならない。怯んではならない。スザクは一気に腕を引いた。
瞬間、響く。鼓膜より内側、脳にほど近く。あの願いが、赤い鳥とともに舞う。
ナイフは寸前で止まり、からりと音をたて床に転がった。切っ先が僅かに皮膚を掠め、うっすらと血が滲む。もう何度も同じことを繰り返しているために、首にはいくつもの傷跡が消えずに残っていた。
スザクはほっと息をつき、ここへきてやっとベッドから立ち上がった。ゼロの衣装を纏い、仮面を被り、彼の1日がこうして始まろうとしていた。もう目覚めた時のような倦怠感はない。今すぐにでも夢を見れるなら、きっと無声映画にも音が戻っていることだろう。スザクは最初から死ぬつもりなどなかったのだ。ただ彼の声を聞きたかった。それだけのことだった。
終