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「帝人君、はいこれ」


そう言いながら臨也が帝人の目の前に翳したのは、一枚のプラスチックのカードだった。
しかし「はいこれ」とか突然言われても帝人は困惑するしかない。だから首を傾げながら臨也に訊ねた。

「あの……何ですか、これは」
「俺の家のカードキーだよ」
「……ぇ、?」


至極当然のようにあっさりと臨也はそれを告げる。対する帝人は目を見開いて固まってしまった。
どうして、


「ど…して、僕に…」
「そりゃあ…好きだから」


帝人君が、好きだから。
疾うに耳に馴染んでしまった声音で言葉を紡ぎ、笑顔を端整な顔に湛えると、"それ"を帝人の掌にポンと乗せる。
帝人が何も言わず“それ”をじっと眺めていると、臨也はポツリと言葉を洩らした。


「……帝人君さ、」


低い声音に反応して帝人が顔を上げれば、優しさの滲んだ宝石の様な双眸とかち合った。
帝人はその瞳に吸い込まれそうな心地になりながら、ただじっと臨也の言葉を待つ。
どくん、と心臓が高鳴るのをまるで他人事の様に感じていた。


「いつも帰る時、寂しそうにしてるだろう」
「っ、」
「だから、これがあれば待合わせしなくても、いつでも此処に来て欲しいなって思って」
「……臨也、さん」
「俺もさ、家に帰ってきた時に帝人君がいてくれたら、凄く幸せで嬉しい」




ずっと一人には慣れていたけど、君と出会って人の暖かさを知った。想われることの嬉しさも、大切にすることの難しさも。
だから、出来ることなら傍にいて欲しい。待っていて欲しい。


欲しい、欲しい、欲しい――愛して、欲しい。




「だからね、帝人君」


名前を呼び、腕を伸ばせば、ぎゅっと帝人を掻き抱く。
帝人は小さな悲鳴を洩らしたものの、抵抗することなく腕の中に大人しく納まった。
おずおずと視線を上げれば、酷く優しい笑顔がそこにはあって、また胸が高鳴ると同時に顔が熱くなるのを感じた。


「帝人君さえよければ、その鍵は受け取って欲しい」


何時ものふざけた様子は欠片も無く、真っ直ぐに帝人を見つめる。
顔が熱い、胸も馬鹿みたく苦しくて、本当は視線を逸らしたかった。しかし強すぎるそれに抗えず、羞恥に耐えながら見返した。
やがて覚悟を決めたかのように口をきゅっと結ぶと、帝人は臨也の胸元に沈み込むように寄り掛かった。


「っ……帝人、君」
「………ば、か」
「、?」
「反則、です。ずるいです、臨也さんのばか、ばかばかばか」
「え、ちょっ…帝人君?」


顔を埋めたままぽかぽかと臨也の胸元を叩く。しかしその力は段々と緩んでいき、そしてぽすりと落ちた。
ばか、という小さく幼い声だけが響いて、消える。
臨也が珍しく困惑を顔に浮かべて、どうしたものかと帝人を見下ろす。帝人君、ともう一度名を呼ぼうと口を開くと、それよりも先に帝人がぼそりと呟いた。




「………ご飯、作って待ってます」




消えてしまいそうな声だけども、臨也にしか届かないような声だけども、呟いたのは確かな肯定の意思。
臨也はゆっくり帝人の言葉を反芻していき、そして。


「…ありがとう、帝人君」


幸せを噛み締めるように抱きしめる力を強めて、臨也は帝人だけが知る優しい笑みで笑う。


「帝人君が卒業したら……その時は、」


一緒に、住もうね。
砂糖菓子のような甘い声で囁いた言葉に、帝人は赤い顔を隠したままこくりと頷いて、臨也の背中に腕を回した。
作品名:Home,Sweet Home 作家名:朱紅(氷刹)