泡沫の恋
人は儚い、そして人の命は短い。
出会いから始まり、死で終わる。
泡沫の水面に浮かぶ泡の意の如く、一瞬で消えてしまう。
…だからかもしれない。
「きら、い」
怖いんだ。触れたら、消えてしまう。
一瞬にして失ってしまうかもしれない。
そう考えると、怖い。
──手を伸ばして求めるのが、怖いんだ。
今、初めて自分が思い誤っていたことに気づいた。
手を伸ばしてはいけないということはないのだ。
ただ自分が今まで求めていなかっただけだ。
逃げていただけなんだと、気づいた。
「きらい、よ…っ、あなた、なんて、大嫌いよ…!」
嫌い、そうはっきり聞こえた彼女からの言葉に心が軋んだ。
虚しい。胸がぽっかりと、穴が開いた空洞のように、寂しい。
空虚感に包まれた心が何かに満たしてほしくて、誰かの温もりに触れたくて、言葉にならない悲鳴をあげて軋んでいる。
「っ…」
ぎゅっと。自分の目の前、強く拳を握りしめて俯いている波江。
俯いていて顔は見えないが床にポタリと落ちたものは彼女の涙に違いない。
ああ、泣かせてしまった。日頃から、彼女を愛してるとか好きだとか大切にしたいと、言葉に出さずも思いながら、傷つけてしまった。
声を漏らしてしまわぬように、自分の両腕を抱いて、その華奢な細腕に爪を立てて、嗚咽を抑えている彼女が健気で泣きそうになった。
「波江…」
どうして、こんな風に彼女を泣かせてしまうことになったのだろう。
過去を振り返っても遅かった。今はもう、今なのだから、後悔はもう遅い。
震えている彼女の肩がだんだんと激しさを増していた。
直に彼女は壊れる。泣いて泣いて、泣き崩れてしまう。
そんな、彼女が壊れてしまうところなんて、俺は見たくない。
──だから、ごめんね。
「波江、」
もう一度だけ、君を抱きしめさせて、君だけだと言わせて。
そうして君が泣き止んでくれたなら、俺は今度こそ逃げずに言うよ。
抱き寄せた彼女の肩はやはり震えていて、両手で優しく包んで上げさせた頬にも幾つも涙の痕が残っていて、見つめた瞳は不安を宿して揺れていた。
けれど、それでももう逃げたくはないんだと彼女の瞳から目を逸らさず見つめ返し、そして、口付けた。
「好きだよ…──君だけを愛してる」
【泡沫の恋】