チーズの恋
チーズは堅く、冷たく見える。だけど本当は優しい味がする。そのことをお供のパンたちは知っていた。
これはとあるチーズの物語。
わがまま
断ったんですか? そう私たちは尋ねた。
「ああ」
言葉少なに頷く主人の言葉に、そうですか、と言ったきり次の言葉をかけられなかった。ご主人の敵である“悪夢”は幼い星の戦士によって倒された。
そのことはとても喜ばしい、いや彼の悲願であるのだから喜ばしいという安易な言葉では言い尽くせない。
けれどこの結末は星の戦士(“元”がつくにしても)メタナイト卿がこの星、この村に残る理由を失くしてしまった。生き残っていた他の戦士たちからの誘いは至極まっとうであったと思う。
『本隊に戻り、次世代の戦士とともにナイトメアの残党と戦おう』
そしてそれは受け入れるべき要請であった、が主人はププビレッジに残ることを選んだ。
どうしてなんですか? と聞いた。答えてくれないと思ったが、彼はゆっくりと答えてくれた。
「もう少しカービィにはひとの暖かさの中で育ってほしいんだ」
それぐらいは許されるだろう? と続けた。それがさびしげな眼で私たちは顔を見合わせる。
ご主人が初めて剣を取った時期、彼は灼熱の戦いの中にいたのだろうか? 凍てつく戦場で必死に正義を振りかざし生きてきたのだろうか?
自分たちには想像もつかない『星の戦士』の生。途方もない時間彼は苦しんできたのだ。だから少しぐらい『わがまま』は許されたっていい。
「たしかに、それにまだカービィ殿は幼い故集団での戦いは不安が残ります」
「だから比較的余裕のあるププビレッジでしっかり教えていかねば」
そうだな、とご主人は頷き、小さな声でありがとうと言った。
チーズは雨が嫌い。濡れてしまっては困るから。だけれどもそのときおひさまにあったのだ。
雨降って
「あちゃー雨降ってきちまった」
こんなことなら母親のメームに言われたように傘を持っていくべきだったと舌打ちをする。
今日はイロー達とサッカーの約束をしていた。家を出るときはからりと晴れていて雨なんか降りそうになかった。だいたいあのいい加減な天気予報が当たるだなんて思いやしない。キャスターの顔を浮かべ顔をしかめる。
まったくもって運が悪い。ブンはため息をついてひとりで木の下で雨宿りをしていた。
イロー達とはとっくに別れていて帰路の途中で降ってきてしまったのだ。
すぐに止むだろうと思い、またいざとなれば弱まったときに走って帰ろうかとぼんやり考えていたとき、道の角から見憶えのある傘がちらりと目に入った。
「ねえちゃ、うんぐ」
名前を呼ぼうとして、直後慌てて口を閉ざす。姉はひとりではなかった。青いマントに仮面をつけたひと――メタナイト卿が姉と一つの傘に入って歩いているのだ。
あの傘は姉のもの、だからきっとメタナイト卿も自分と同じように、この急な雨で立ち往生していたところ姉に拾われたのだろう、とあたりをつけた。
姉のほうは手に本屋の袋を抱えている。きっと彼女は母の忠告を聞き入れたか、あるいはすでに曇っていたためこれは降るかもと思い傘を持って行ったに違いない。
メタナイト卿はコンビニの袋だ……コンビニで買えばいいのにと思ったが、デデデにほぼただ働きさせられている現状余計な金は使いたくなかったのだろう。
雨はいずれ止む。自分には気づかず楽しげに談笑するふたりを遠目に見ながら何事もなかったように雨が上がるのを待っていた。
おひさまの光は暖かい。けれどもチーズは不安。その優しさにとけてしまいそうになってしまう。だけれどもそのぬくもりが恋しくて逃げ出すこともできずにいる。
子どもの恋愛
「あなた! 少しは落ち着いてくださいな」
メーム夫人が部屋の中を落ち着かなそうにグルグル回る夫を諌める。
「しかしだね、メーム……」
「フームはしっかりしてるから何の心配もないでしょう、同じ城の中なんですし」
子どもじゃないんですから、とつぶやく。
「子どもじゃないんだから心配なんだよ」
大きなため息をつく。フームは今、風邪をひいてしまったメタナイト卿の看病をしている。偶然か、大王のいやがらせか部下の二人は仕事のためそばにいられないから、ということらしい。
「あなた、メタナイト卿はそういう方じゃないでしょう」
「しかし、万が一……」
「じゃあ、おれ見に行ってこようか」
部屋の扉を開け、ブンがまぜっかえす。
「ブン! 大人の話に口をはさまないの! カービィと遊んでらっしゃい!」
そう言ってブンをつまみ出す。ブンもブンでませてきているのかこういう話に首を突っ込みたがる、がいくらなんでも早すぎるだろう。
こう考えると異性の親子関係というのは必要以上に色恋沙汰に敏感なのだろうか。
夫はだんだんと女性へとなっていく娘が不安なのかもしれない。父親はそういうものなのだろう。娘の成長を喜びつつも、いつまでも「少女」のままでいてほしい、と。
逆に自分はブンに対してまだそういうものに触れてほしくないと思っている。
子どもと恋愛というものは難しいものだこと、とメーム夫人は軽く頭を抱えた。
チーズはおひさまの傍にいる。いつかは居られなくなるけれども、できるだけ長くいられたら……。
老いらくの恋
それは食事中のこと。デデデがエスカルゴンに思いだしたように問いかけた。
「さっきフームに怒鳴られたぞい。メタナイトがどうのこうの、と」
「はぁ、そう言えばやつは風邪をひいた、とかで休ませてほしいとソードとブレイドが報告に来てたでげす」
かわりに、自分たちが主人の分まで働く、とけなげなことを言っていた。
「何でわしが怒鳴られなきゃいかんのかぞい?」
「そりゃ、きっと陛下がメタナイトを看病させないために無理やりこきつかってたって思ったんでげしょうな」
濡れ衣ぞいとコップの水をあおる。
「恋は盲目というでげすからな」
「コイ? サカナは目が見えないのかぞい?」
ため息をつく。フームはメタナイトに恋しているのだろう。メタナイト自身も憎からず思っているのだろう。
「老いらくの恋でげすね」
「おい、酪農こい? チーズでも食うのかぞい」
ロマンチズムのかけらもない。言っても無駄だとばかりに出てきたチーズを一切れ口に含む。
あのふたりがくっついたらおとなしくなるか、それともより団結して自分たちのじゃまになるかな。
エスカルゴンは白いチーズを眺めながらぼんやりと考えた。