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コンビニへ行こう! 前編

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「こ、こんばんは、あれ……今日金曜日、だよ、ね?」
と返って来る声。
僕はカレンダーの代わりか!と心の中で突っ込んで、しかしそんな風に客にツッコミを入れることはできない。
「今日は代理で夜だったんです。ちゃんと金曜日ですよ」
あははと笑った帝人に、「そう、だよね」とほっと一息ついた男性が、ぐるりと店内を見渡し、混んでいることを確かめたあと、帝人に一歩近づいた。
「あの、えっと、今から帰るの?」
おお?いつもと違って今日はなぜか積極的に話しかけてくるぞ。帝人は珍しいストローさんの行動に目を丸くしつつ、
「あ、はい。帰りますけど」
と答える。するとしばらく考え込んだあと、男性は言いづらそうにもごもごと口を開いた。
「その、ストローさん、って、俺のことでいいんだよね?」
「あ」
げ、と口を押さえたけれども、条件反射で口にしてしまったものはもう前言撤回はできない。いくらなんでも安直過ぎる、ストロー貰っていく人だからストローさん、だなんて。
「すみません、不快にさせるつもりでつけたあだ名ではないんですが、あの」
「いやいいんだ!いいんだけど、その、お、覚えられてるんだなあ、って」
思っただけで、とごにょごにょ口を閉ざすストローさんに、帝人はそりゃあ覚えますよ、と心の中で返事を返した。プリンにストローつける変な人なんて、世間は広いといってもこの人くらいしかお目にかかったことが無いのだから。
「常連のお客様ですから」
と無難に言葉を選んだ帝人に対し、ストローさんは小声で「波江ありがとぉおお!」とか「ここはやっぱり、」とか一人ごとをブツブツと呟き、それからおもむろに。
「折原です!」
と、勢い込んで口にした。
「はい?」
「いやあの、ストローさんと言うのはあまりに、あの」
「あ、お名前ですか。折原さん、とおっしゃるので?」
問い返した帝人に、首が千切れそうな勢いでこくこく頷き、男性……折原臨也は改めて帝人の姿をじっくりと見た。これから帰宅するという彼と、どうにかして会話をするにはどうすればいいのか。
っていうか会話とか!
しちゃってもいいんだろうか!
「それではごゆっくりどうぞー」
ぺこりと頭を下げて横をすり抜けようとした帝人に、焦って手を伸ばし、臨也はそのナナメ掛けのバックを指先で掴んだ。
「あ、あの!」
もう少し話を!いや、ここじゃ無理か、それならば!
「お、送ります!」
「え?」
むしろ送らせてください、このとおりです、土下座でも何でもします!とはさすがに口にしたら変な人すぎるのでやめる。
突然の申し出に、帝人が目を丸くする。それでも半分強引に、もう一度繰り返した。
「お、送る!外暗いから!」
「ええ?あの、でも」
「いいから!ここは一つ俺のために!」
「え、ちょっと!」
どうせもとから不審者だ。いまさら不審ポイントを積み上げたところで、痛くもかゆくも無い。今が俺の底辺、そしてここから折原臨也は這い上がるのさ!と自己暗示をかけて、臨也は思い切って帝人のカバンのひもをぐいっと掴み、そのままコンビニの外へと飛び出した。
腕をつかむ勇気はまだ無い。
だから鞄を引っ張っている。断じて奪うつもりはないので、それなりに力加減はしているが、困惑の声が臨也を呼んだ。
「ちょ、ちょっと折原さん!?」
目を真ん丸にする帝人の顔は、初めて見る種類のもので、とてもとても可愛いのだけれども、それを堪能するほどの心の余裕は今臨也には無い。とにかくもう少しだけ一緒に居るためには、それしかないのだ。この機会を逃したらもう、次なんか永遠に来ないかも知れないんだから。
「ほ、ほら外真っ暗!未成年が一人で帰るのは危ないよ!ここは俺が、そう、言うなれば保護者として!」
必死になって言う臨也の気迫に、帝人は一瞬怯んで、空を見上げて、携帯の画面に視線を落とし、現在時刻を確認した。
都会はまだまだ眠らない時間。
けれども帝人の出身地では、この時間はたしかに夜遅い。
「送るだけだから!心配なんだ!」
重ねて必死に叫んだ臨也に、飲まれたように、帝人は頷いたのだった。



「は、はあ。じゃあ、あの、そういうことなら……」



その時、たしかに。
恋の女神は、ほんの少しだけ臨也に向かって微笑んだ。



作品名:コンビニへ行こう! 前編 作家名:夏野