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好き、嫌い、好き、嫌い、好き・・・

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 このたび晴れて正騎士に昇格した俺は、名目上は出入りの禁止されている屋上へと足を運んだ。同じく規則で禁じられている喫煙を、自身へのささやかな褒美とすべく。
 天高く陽が昇り、遠く広がる青空にはゆうるりと風に流れる雲があった。それをぼんやりと眺めて紫煙を燻らせる。竜騎士に憧れてがむしゃらに鍛えてきたけれど、これでようやく人心地つけた。いや、これからが本当の正念場か。
 そうして二本目を取り出したところで、微かに続く音に気付いた。上司かと慌てて煙草を仕舞い目を向けると、庭園に小さく動く影がある。あの朱い竜冠は──団長の愛娘であるシャロンだ。またお嬢が何かやらかしているな、とニヤリと笑んで足音を忍ばせ近付いた。

「、すき、きらい、すき、きらい……」
 庭園を彩る花々の中ぺたりと座り込んで、お嬢は花弁を散らせていた。どのくらいの間そうしていたのだろう、周囲には無残に見る影もない花であったろうものの残骸が散在していた。
「、すき、きらい……もう!また!!」
 そうしてまた一つ花が散った。
「お嬢、何してんです」
 背後から声を掛けると、お嬢は肩を震わせてこちらを見仰いだ。大きな猫目が涙で潤んで揺らいでいる。勢いで零れた雫に気付いたのか、誤魔化すように乱暴に拭ってくちびるを尖らせ──睨まれた。
「なんだよもう! ビックリしたじゃん!!」
「お嬢、ここは出入り禁止なんですがね」
「フンだ。キミだってドーザイじゃん。それにボクは良いんだよ、ここはボクの家なんだから」
 勝ち誇ったように胸を逸らす少女に小さく噴き出す。お嬢は笑われたことに不機嫌に眉を寄せたが、周囲の残骸を指摘すると頬を染めて俯いた。またもや噴き出しそうになるのを堪える。
「花占いですか」
 隣に屈んで、目に付いた花を手折る。先ほどのお嬢に倣って花弁を一つ、また一つと散らしてみた。
「べっべつにそんなんじゃ、」
 ますます頬を染めて俯くさまを微笑ましく思いながら、続ける。
「、好き、嫌い……ああ、なるほど」
 花弁の枚数のせいで必ず『嫌い』で終わるのか、と気付く。横で懲りずに花弁を千切っていたお嬢はやはり──くちびるを尖らせ眸を潤ませていた。何となく意地悪してみたくなるのは、普段ワガママ放題にやり放題の少女に対する意趣返しだろうか。ニンマリと嫌な笑みが浮かぶ。
「お嬢はフッチ様に嫌われちゃってるみたいですねぇ」
「っ、」
「何度占っても結果が『嫌い』ってそういうことでしょ」
 黙り込むお嬢にますますイタズラ心が湧いて、調子付いたままに適当なことをさも当たり前のように言い募った。そろそろフォローせねばと、満面の笑みを浮かべて一輪の花を差し出す。
「なーんて、これ実は──って、お嬢!?」
 少女はまあるく眸を見開いたまま、ぼろぼろと大粒の涙を溢れさせていた。くちびるは強く噛み締められ小さく震えている。いつものようにきゃんきゃん喚いて突っかかってくるものだとばかり思っていたのに──ほんの小さなイタズラ心が、とんでもない大きな過ちだったのだと後悔するも遅い。
 とうとう少女は、抱えた膝に顔を埋めてしゃくり上げて泣き出してしまった。
「お、お嬢……、嘘ですよ。そんなことあるわけないじゃないですか」
 鼻をすすりしゃくり上げる声だけが痛く響く。
「フッチ様がお嬢を嫌うなんて、ブライトが全身黒いくらい有り得ないですよ!」
 震える肩が痛ましく、宥めようと頭に手を伸ばそうとして──けれど腕を引いた。少女に触れて良いのは俺ではないのだと、自身への憤りをぶつけるように強く拳を握り締める。

「ねぇ、お嬢。この花は花弁が偶数だから『嫌い』で終わっちゃうんです。だからほら、」
 無理矢理笑んで声を弾ませる。
「嫌い、好き、嫌い、」
 そうして手にした花を一枚一枚散らしてゆく。
「──好き」
 最後の花弁が散った。
「ね? フッチ様はやっぱりお嬢のことが好きなんですって!」
 恐る恐る顔を上げた少女は、茫と花弁の散った花を見ていた。その小さな手に新たに手折った一輪を握らせる。
「ほら、やってみてください」
 少女は眸を揺らせて花を握り締めたまま動かない。どのくらいの間そうしていたろうか、こくりと喉を鳴らして震える指で花弁に触れた。
「きらい、すき、きらい、すき……」
 好き、とくちびるが音を象る。
 そうして花咲くように笑みが広がった。
「ね?」
「へへっ、フッチがボクのこと好きだって!!」
 涙で赤く潤んだ眸はそのままに、お嬢は頬を染めて照れくさそうに笑った。釣られて笑みが浮かぶ。
 子供だましのフォローではあったが、十もそこそこの少女には上手く通じたようだった。安堵の息が漏れる。
「ふう、お嬢を泣かしたとバレでもしたら、フッチ様に消し炭にされるところだった……」
 小さな呟きを耳聡く拾ったのか、今度はお嬢がニンマリと嫌な笑みを浮かべた。
「どーしちゃおっかなー。お母さんに言いつけちゃおうかなあ、それともフッチに──」
「あああお嬢!! 申し訳ありません、マジで勘弁してください殺される!!」

 遠く広がる空、竜の影の踊るそこに──少女の笑い声が高く響いた。