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a piece of cake

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 最近流行ってるいわゆるスイーツじゃなくって、黄色いスポンジの上にごってり白い生クリームをたっぷり絞って、その上に真っ赤なイチゴが幾つもドーン!と載ってるような、要は不二家のショートケーキのホール、それが好きなんだよね。
 いきなり始まった栄口の独白に、俺は、ああそう?と適当に相槌を打った。酔っぱらってるからテンションが高い。俺も大概弱いけど、お前本当弱すぎだろ。
 マルコリーニだのエルメだの、ああいうの、そりゃ、綺麗だとは思うよ?綺麗だよ?そう思うけどさあ。やっぱりガッツリ沢山食べたいわけ。
 いつもより張り上げられた声が五月蝿い。ここの壁、そんなに厚くないんだけど。だいたい、何?ケーキ?不二家?マルコリーニ?何、呪文?「スイーツ」のあとに「(笑)」とか付けちゃう系?俺が好きなのはガッツリケーキであってスイーツなんてもんじゃねえよ!と主張しちゃう系?と、キャラでもない口調で小一時間問い質したい、と少しだけ思った。
 いずれにせよ、甘いものをそんなに好まない俺にとってはどうでも良い話だ。不二家のケーキもデパ地下のケーキも同じだろ、糖分を多く含んだ食品であるという点においては。そんな気のない様子が伝わったのか、栄口がムッとした顔をした。
「で、お前、俺にはどうでも良い、って思ってんだろ」
 ご名答。心の中で答える。ファイナルアンサー?ファイナルアンサー!みのさんの顔見ると、俺はなぜかウナギの蒲焼きを連想するね。はい、テレビの見過ぎです、すいません。
 ちなみに俺はウナギの蒲焼き大好きだ。
 そして、酒を飲んだあとには、ラーメンを食べたい多数派だ。

 俺のアパートに一番近い不二家がなぜか二十四時までやっている所為で、こいつは酔っぱらいが喰うべきとは思えないショートケーキ、それもホールを俺の部屋に持ち込んでいる。
 今回が初めてではない。既にもう何度もやられている。
「酒飲んでんだろ」
 玄関口でウンザリした顔を作って言ってやると、阿部はひどいやつだよ、と言いながら栄口は髪が少し伸びた頭を振った。よく飲んだ後、そんなもん喰えるよ。
「阿部も食べるだろー」
「遠慮します」
「まじでー、美味しいのに」
 勝手に人の家で包丁を出して、ケーキを切り始めた男の言葉は否定しない。たしかに美味しいだろうよ。それは認める。けれども、俺はケーキをそれほど好むわけではないし、ましてや深夜になど食べたくない。
 結局、俺は追い返すこともできずに、テレビの前に腰掛けて、嬉々としてケーキを切る栄口の背中を見ていた。鍛えてもなんだか細かった首は、今でも細い。高校生になった俺の弟の首もいまいち細いから、体質のようなものなのかも知れない、と思う。
 首と頭の境界線が曖昧に色の薄い髪で覆われていた。その曖昧な辺りは、栄口の柔らかい頭の中でも特に柔らかい。
「この間、時間なくて急いでコンビニでおにぎりのセット買ったら、そのうち一個が明太子で、がっかりしたよ」
「で、捨てたのかよ」
「食べたよ、食べたけど、やっぱり魚卵苦手だ」
 ふーん、と応えた俺に栄口は箱ごと、ケーキを運んできた。テレビの中のコメンテーターの顔を眺めていた俺が、それに視線を写すと、栄口は期待するように俺の顔を覗き込んだ。
「はいはい、戴きます」
「うまそう、はないのかよ」
「…なんで卒業して数年も経つのに」
 うまそー、と一人で叫んでいる酔っぱらいのことは置いておきながら、俺はテレビの音量を下げた。今喋っているコメンテーターはあんまり美味しそうじゃねえな…ってまあ、別にみのさんもそんなに美味しそうってほどじゃないが。
 あまい、うまい、と生クリームを唇の端につけながら食っている栄口の幸せそうな顔が、いまいち腹立たしい。あれだね、深夜に素面で電車乗ってる時の気分だ。周り殆ど酔っぱらい。俺、素面。周り異様にハイテンションか、異様にローテンションか、寝てる。俺、素面。本とか読んでる。しんどい。
「やっぱさあ。ケーキはこうでなきゃなあ、って別に俺、好きだけどね!綺麗なケーキ!高いけど!たまに食べると美味いよなー、でも、こう、酔っぱらった時はこういうケーキが食べたくなるんだよね、子どもの頃誕生日に買ってもらってたケーキ」
「悪いけど、うちの母親は昔っからアンテノールのラウンドケーキ派だから」
「あー、そういう感じだね、おばさん」
 むしゃむしゃと早くも二切れ目に手をつけ始めている栄口を尻目に、俺はイチゴだけ指で摘んだ。赤い果実の尻の部分にクリームが付いている。ショートケーキの甘さにおけるこのイチゴの酸味というものが、俺はどうも赦せなくなることがある。普段はそれほど気にしないが、たまにその痛烈な酸味の過激さが、ショートケーキという一つの完成された甘みを破壊しているように思えるのだ。
 その所為もあって、イチゴとケーキは別々に食べることにしている。
「何、阿部、イチゴ、先食べちゃうの」
「いいだろ」
「ふーん、俺は一緒に食べた方が美味しいと思うけどな」
 そもそも酔って、深夜に平気な顔してケーキ食べられるお前の味覚と、俺の味覚が一緒じゃないんだから、そんな細かい意見が合うわけねえだろうが。
 思ったが俺は口にしない。そんな俺に対して、栄口は少しだけ阿るような顔を見せた。それが少しだけ俺を苛立たせる。こいつ、俺がその顔嫌いだってわかってやってんのか。
 生クリームは暖まって黄色いスポンジの上で徐々に柔らかくなっていて、俺はそれをフォークで弄っていた。その手の上にぽん、と栄口は掌を重ねると、ローテーブル越しに俺に口付けた。
「甘えよ」
 ふ、と離れた砂糖とクリームとイチゴの香り、そしてその奥にあるアルコールの匂いに、思わず眉を顰めたら、奴は俺の顔を見て笑った。そして、もう腹一杯だなー、と三切れ目を胃に収めた後、言った。
 おいそれ、ここに置いて帰んなよ、迷惑だから!そう言おうと息を吸った時、栄口は再び手を伸ばして、今度は俺の口の端を拭うように撫でた。
「なあ、食べ物の嗜好の違いで離婚する夫婦っていると思う?」
 そんなこと、訊かれても。俺は少しだけウンザリとしながら、それでも考える。そんなシチュエーションを。考えながら、栄口の残したケーキの上のイチゴだけを摘んで口に入れた。纏わりついた白いクリームが溶けて、噛み潰した果実からは強い酸味が溢れて、味蕾を刺激する。
 大概の人間は、折り合いを付けていくものだろ?慣れとか、流されやすさとか、そういう人間の欠点ともいえるような長所を以て、俺たちは生きていくもんじゃないのか?それを、愛情と名付けるか、妥協と名付けるかは、その人間次第で。
 ファイナルアンサー?
 ファイナルアンサー。
 栄口は俺の答えを、指を舐めながら聴いていた。俺の口を拭った指を舐めながら。そして、ま、いいんじゃない、とか言いながらその場で横になると、
「もう俺眠いから寝るわ」
とだけ口にして、さっさと寝息を立て始めた。
 おい、片付けんの俺かよ!ふざけんなよ、おめえは!そう叫ぼうと思ったが、目の下に浮く隈に気が付かないこともなかったので、俺は怒りを呑み込んで、もう一個、イチゴを摘んだ。

 しかしそれにしても、素面のまま酔っぱらいの対応をするのは、しんどい。
作品名:a piece of cake 作家名:芝田