みえる、みえる。
僕はこれを見ても(まあ、両目を閉じて見ることなんて不可能だから片目を開けて、片目を閉じて見るのだけれど)もう何とも思わないが、傷を知った当初はひどかった。何がって、両目を閉じると、たちまち傷が開いて世界が赤くなる気しかしないんだ。まぶたを切り裂かれた瞬間みたいに。赤い世界は熱くて熱くてたまらない、視界の向こう側から焼けただれた手が伸びてきて僕の目玉を引っ掻いていく、眼球がはじけて熱い体液が頬を流れる、僕は身悶える、口からは意味を持たない文字が洪水になって溢れ出す。傷の塞がる気配はない。世界が、なにもかもが赤くなる。
だから僕は眠れなかった。……いや、眠らなかったんだ。目を開けて眠るなんて器用なことができる身じゃあないから、いくつもの夜を眠らずに過ごした。夜が明けるまでずっと、部屋の闇に包まれていた。いつか呑まれて闇と一緒になってしまうんじゃあないかとさえ思った。当然身体は休まってなんかいなくって、手足が鉛みたいに重く感じられて。息をするたびに持ち上がる胸も鉄板のようで。
人間っていうのは、こうやって精神が身体からじっくり剥がされていって死に至るんだな、と思った。
でも少しずつは痛いんだ。いっそひと思いにべりっと剥がしてくれたらいいのにと考えて、殺してくれ、なんて口にする者がある。死を望む。
僕もそれを望んでみようか? と考えてみた。みただけだ、過去形。すこし考えてやめたんだ。いろんなものとの関わりを思ったら、それを望むにはまだ早すぎるなって結論が出た。
それから眠ることができるようになった。あのどうにも胡散臭い医者から、お前は眠って戦え、なんて柄にもなくまともな言葉をもらったってせいもあるかもしれないな。
僕は自分だけのために生きているんじゃあないってようくわかったから、痛みを、まぶたを閉じたら見えてくる世界を越えなければならない。絶対に、越えなければならない。
「越えた」
鏡に映る僕を見ると、やっぱり傷は、そこにあるまま。
「かな」
笑いかけてみたら、傷がちょっぴり歪んだ。こうして見るとサーカスのピエロがしているようなメイクにも思える。とても不思議だ。
「じゃあ、行こうか」
サングラスをかけたら鏡にはサヨナラだ。
僕が本当に戦わなければいけない相手は、おまえではないからね。