モルヒネ
煙草を口にくわえて息を吸いながら火をつけて、口をはなして息を吸う。そうすると肺にはいるから。
言われたようにすると嗅ぎ慣れた匂いと共に喉が焼ける感覚がした。脳がじんわりと痺れ、煙が目に入るしむせるし最悪、と言って臨也はすぐに口を離した
あたりは梅が散り始め、そろそろと桜が咲き始めている。雲一つない空に経った今吐き出した煙が舞った。
「へたくそ」
「うるさいよ。不器用なシズちゃんにそんな事を言われるなんてね」
「死ねよ。つーかいらないんならそれならよこせ」
どーぞ、と吸いかけの煙草を渡すとシズちゃんは慣れた手つきで煙草を口に含みふかしはじめる
「おいしい?」
「ん」
「なんか喉乾くね、それ。口が渇いてしかたがない。」
そう言って静雄の口から煙草を取り上げ、唇を重ねると苦みがじんわりと口内に広がり、それでも貪ると今度は甘さが広がってああシズちゃんだなと思った。
本人に言った事は一度もないがシズちゃんのキスは甘い。何故だか知らないけどキスをすると砂糖菓子のように甘くて、シズちゃんの涙はミルクのような味がする。
「中毒になるならセックスの方がいいなあ」
「既に中毒者だろうが。毎回毎回しつけえし、ゴムつけろよ」
「そう言ってシズちゃんなんだかんでノリノリじゃん。さっきだってあんあん言っちゃってさあ」
「マジお前黙れ」
そのとき携帯が鳴ってメールが届いた事をしらせる。四木さんから仕事の依頼だった。ビジネスの事になるとそれなりに緊張が走る。難しい顔をしていたのだろう、横で眺めていた静雄は口を開く
「お前また物騒な事やってんのかよ」
「スリルがある。欲しい物はなんでも手に入る。別に俺は性善説も性悪説も信じちゃいないけどね、誰だって知らぬ間に誰かを陥れて生きている。それを意識的にやってなにが悪いのさ」
「でも俺は、そういうことはしねえ」
そう言って伏せるその目は少し茶色がかっていてこまでもまっすぐだった。鈍い光を放つナイフなどなくともどこまでも届くするどい眼光。掃き溜めのような街の底で、しわひとつない白いシャツを着こなして鋭利に磨かれた牙を持った獣。こちらまで焼き焦がすほどの激しく揺るぎない炎をたたえ、胸を射り薄汚れた毛皮をいつだって否定しているようだった。
「君を見てると吐き気がするよ」
煙草など吸わずとも宝石のようなその瞳を見ていると何もかもが明るみに照らされているようで呼吸が苦しくなる。だから俺はとめどない嘔吐と嫌悪感をこらえながらシズちゃんを汚しにかかるのだ。「いつもしつこい」と言うセックスは、指を口に含み唾液をしたたらせ、差し込み、決して相容れない真水とコールタールを同化させるように、その口から悲痛な声が上がるまでゆっくりとかき混ぜ、しみ込むように吐き出しそうやって内蔵かじわじわと浸食する。美しい線の鋼の身体を蹂躙し肉を腐らせ骨を溶かす。髪の毛一本にいたるまで。愛も、夢も、彼が望むものをあますことなく否定し、染色する。
「ね、シズちゃん」
「なんだよ」
「もし、もう一度人生をやり直したとして、俺がもう少しまともだったら、きっと君のその瞳に身も世もなく恋焦がれていたかもね。そうやって恋人になれたかもしれない。あるいは俺は君の一番の友達にかもしれない、悪友もいい。年代が違っても今の君の弟のように親しい関係になるのも可能なのかもしれない。」
静雄は目を開くが、その意図は分からない。
「恋人になったら、一緒にご飯を食べてこうやってたまに喧嘩したり、だけど仲直りして、気がついたらいなくなるなんて事なく、どちらかが寝ていたら起こして―」
臨也はそこまで話して一旦区切る
「キスをして、抱きしめて、君は愛を知るんだ」
自分で言って、くらりとくる。麻薬物質のようだなと思った。。
「仮定の話だけどね。」
「そうかよ」
そう言って静雄はベッドから立ち上がりポケットに煙草の箱を仕舞った。
「あ、ちょっとまって。それもう一回吸わせて」
「どうせ無理だろ」
「馬鹿だね。こういうのは慣れんなんだよ」
そう言って一本貰い、先ほど言われた事とを繰り返す。
熱と紫煙が肺を侵す。けほっ、とまた少しむせた
「ほらみろ」
「うっさいな。ね、これ吸い終わったらまた抱かせてよ」
「ああ?お前仕事どうすんだよ」
「何、心配してくれんの?やっさしー。でもシズちゃんみたいに安月給じゃないからお構いなく。」
そう言って一旦煙草を離しキスをする。苦さを伝えるように舌と舌を押し付ける
「ん…」
そのときいざや、と言った気がするが、あいにく塞いでいるために何を言ったかは分からなかった。
灰がポトリと足下に落ち空気中に飛散する。
これが燃え尽きる頃には彼の強い瞳を逃げないで見つめることができるだろうか。―もしもの話で、宝石からこぼれ落ちたような光を親愛をたたえ、情愛を帯びてまっすぐに見て、石になることなく怪物の輪郭をしっかりとなぞることができたらと
臨也はもう一度煙草を吸い、煙を吐き出しそして目を瞑り、昔日の夢を見ていた。