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坂道

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「今、この坂で俺が手を離したら…お前はどうなるんだろうな」

ジョニィの車イスを押して急な坂を登っていたディエゴが、うきうきとした口調で言った。
そこは30度近い傾斜のある急な長い坂で、下の方は道路になっている。もし仮にディエゴが手を離せば、ジョニィの乗った車イスは、後ろ向きに坂を駆け下り、道路に突っ込んでいくだろう。

車がビュンビュン走っている麓の道路を振り返りながら、ディエゴは唇を釣り上げる。

「随分と急な坂だし、事故って事で処理されるかも知れないなぁ。元天才騎手が、歩けなくなったどころか、坂から落ちて轢かれるなんて…。随分と紙面の賑わわせ方を心得ているじゃないか」

何なら、そのお手伝いをしてやっても良いんだぜ。
そう、前屈みになって囁くディエゴ。耳元にその掠れた声を感知したジョニィは、ピクリと肩を震わせた。
怒っているのか、それともいないのか。振り返ったその表情は笑顔だ。
まだ幼さの残る童顔が、自分とは反対に、歳のわりに落ち付きのある人物を見上げる。

「なら、やってみれば良いさ。僕が途中で、車イスを捨てて生き残る可能性に賭けよう。
ただし、もし僕が生き残ったら、英国の天才騎手が変死体で見つかる事になるだろうね。いや、もう騎手は辞めてトカゲとして生きていくんだったっけ」

辛辣な事を笑顔のまま言ってのけ、ジョニィは前へ向き直る。

「もし僕が生きていたら、トカゲ野郎の尻尾を奴の尻の穴にブチ込んで、縄で固定してそのまま放置してやる。逃げられないように鎖で腕を拘束して、天上の柱から吊下げて宙吊りの刑だ。それでもまだ僕の気持ちは治まらないから、奴の前で三食キッチリ食事をとって、昼にはクッキーと美味しいコーヒーを見せびらかしてやるんだ。トカゲ野郎が泣いたって許すもんか。毎日僕を風呂に入れる役割も押しつけてやる。そこまでやられる覚悟があるんなら、その手を離してみるのも良いんじゃないかなぁ?」

「……、聞いてて腹が立ってきた」

「なら、僕の勝ちだ。僕が淹れるコーヒーで、君の怒りは治まる」

フンフンと鼻歌を歌うジョニィに、坂を登り切ってから、ディエゴは訪ねた。

「そのお仕置きは、手を離さなければしてもらえないのか…」

「して欲しいの?」

半眼で小馬鹿にするように笑う想い人の質問に、ディエゴは答えないまま喉だけを鳴らした。



作品名:坂道 作家名:知花マオ