メロウ Ⅱ
外の景色から目を離し、ふと教室を見渡した今だって、そう。
睨むわけでもなく、かといって、じっとりとした視線を向けるわけでもなく、まるで「あなたは背景の一部です」といった風にさり気なく、でもそれは確実に、私の目を捉えるのだ。
さっきまで男子生徒達がプロレスをしていたせいか、少し埃っぽくなった教室を換気する目的も込みで「今日は天気がいいから」と開けた窓から、風が流れ込んできては、ぱたぱたぱた、とカーテンが翻って乾いた音を鳴らす。
教室内には出し物について議論を交わす生徒達の声に交じって、女の子達の笑い声、男の子達の軽口、椅子を引く音、様々な活動の音がしているはずなのに、「彼」と目線が交錯した瞬間には、私の中で、教室は一瞬、無音空間となる。
あの夏の日、確実に自分の中での「彼」の存在の変化が起きてしまった事は自覚していた。
距離は縮まったかのように思えたし、向こうにも「私へ」の感じ方の変化は何かしらあったはず……、……無かったとは、きっと、どんな形であれ言い難い。
それでも、自惚れたくなんてなかったから。
「もしかしたら」は全て、あの夏の日に置いてきたはずなのに。
あぁ、また……。
「彼」は目線が合うとそれはそれは自然に反らす。
補習はしたくないから、時には真っ向から拒否をし、時には隙を見て逃げ出す。そんなところは一学期から変わっていないはずなのに。
サボっているのを見つかった時に見せる表情や、しぶしぶ教室に戻る仕草に、
今までにはなかった温かいものが見え隠れするのは、やっぱり私の自惚れなんだろうか。
私の言動に驚いたり、ムッとしたり、反抗したり、それでいて時には嬉しそうにしたり、そんな「彼」にドキッとさせられて。
時折見せる私を気遣う仕草に、馬鹿みたいにドキドキさせられて。
教室の窓から見える夕日は、カーテンの白を薄オレンジに染め、
きっと私の頬も染めているだろう。
だけどそれでいい。
視線に気づいて赤くなっている私の頬を少しでも誤魔化してくれれば。
机を6個繋げ、男子も女子も、生徒皆が一丸となって教室の隅で出し物の相談をしている。
「衣装をどうするか」相談する机、
「舞台の大道具、美術をどうするか」相談する机、
「屋台の運営を具体的にどうするか」相談する机、
あと一カ月で文化祭。
遠くから私を呼ぶ声がする。そして私は、またみんなの輪に入る。
黄昏ている暇は、今はない。
ましてや「彼」の視線に頬を染めている暇も。「今」は。
*********
「彼女」がもう一人の「彼」の視線に気づくのには、
あともう少し。