空は蒼くて、君に触れたくて。
ふとこんな風に不安になる時がある。以前の自分では考えられないことだけれど、今の、いや現在の自分の言動や考えが自分らしくないことなど一番本人が理解している。
こういうのを感傷的、と言うのだろうか。そう考えて、溜め息をつきたくなる。
壁に寄り掛かって再び空を仰ぐと、ぱたぱたぱたと音が届く。それは足音だ。
音の方向を見ると、そこには自分が待っていた少年が少し駆け足でこちらに向かって来る。その彼に軽く手を挙げ、微笑む。
それこそ彼らしくない、優しげな笑みだ。
「すみません、臨也さん」
「大丈夫だよ、待ってない」
にこりと人好きしそうな笑みを浮かべ、けれどそれに薄っぺらさはない。臨也の言葉に帝人は安心したようで控えめに笑った。
それを見て臨也は少し驚いて、けれどそれを悟られないようにした。
「(なんでナチュラルに可愛い顔するんだよ…)」
臨也は帝人の手を握り、普段よりゆっくりと歩く。それに帝人は気づかないわけがなく、ふわりと柔らかい笑みを浮かべる。もちろん、臨也に気づかれないように。
「あ、臨也さん」
「何?」
立ち止まらずに振り返った彼に、帝人は小首を傾げながら尋ねた。
「今日は何処に行くんですか?」
ぴたりと止まる。
「あ―あぁ、」
唸るように言葉を漏らして、ぽつりと呟く。
「決めてない…」
「珍しいですね、臨也さんが無計画だなんて」
帝人の言葉は嘘ではない。今まで、二人が付き合う前から出掛ける時は臨也が計画を立てていて、それを彼が忘れたことなど無かった。
「あー…ちょっと、考え事してたからかな」
言いにくそうにそう言って、再び歩き出す。
「俺の家じゃ不服かい?」
「いえ。それに今更でしょう、それは」
「ハハッ、違いない」
やはりいつもと違う。帝人は確信を得て、歩みを止めた。それを不思議に思ったのか、臨也は振り返る。
「どうしたの?帝人く「臨也さん」はい」
「何かあったんですか?」
真っ直ぐとした眼差しで臨也の赤い瞳を射る。青く爛々と光る帝人の目と臨也は数秒対峙し、観念したように肩を竦め首を振った。
「全く、帝人くんは鋭いのか鈍いのかわからないね」
訳が分からず混乱する帝人に微笑む。それは悪巧みを考えている、笑みだ。
「俺が帝人くんに何をしたいか、…とか考えたことある?」
答える前に帝人の唇を臨也が塞ぐ。一瞬だけの、幼いキス。言葉を紡ごうと開いた唇をまた塞いだ。今度は開いたそこから舌を潜り込ませ、絡める。息を吸う暇もなく、角度を変えて何度も行われる深いキスに帝人は生理的な涙を浮かべる。
臨也はそれに気づいて離す。指先で目元を拭った。
「こういうこと、したいんだよ」
顔を歪めて寂しげに笑った彼に帝人は固まった。
「そんな顔、しないでよ。……大丈夫、それよりも大切にしたいって気持ちの方が勝ってるから」
先程の笑みを払拭してにこっと笑う。その笑みを帝人は直視出来なくなり、俯いた。
「……帝人、くん」
不安げな声に顔をゆっくりと上げる。臨也は目元を歪ませて、けれど口元に弧を描く。それから開いたり閉じたりを繰り返して言葉を紡ぐ。
「好きだよ」
涙声だった。
考えるよりも身体が動く。帝人は臨也の首に抱き着いた。
「み、帝人くん!?」
「僕も、好き」
呟いた声は思いの外消えそうで、ああこの人が寂しいと自分も寂しいのだと。
「僕も臨也さんが、好きです」
言い終えて、一筋涙が零れる。それを拭うために首から腕を外し、拭おうと――して。
キス、された。触れるだけのキスで、すぐ離れたけれど。
「泣かないで」
瞼にキスされる。唇で頬の涙の跡を消すように。
「臨也さんのばかっ、一人で悩まないでくださいよ!僕も…僕も臨也さんが好きなんですよ、同じです、同じなんです。……貴方に触れたいと、いつも思ってます」
臨也は壊れ物に触れるかのように優しく、丁寧に帝人を抱きしめた。
「うん、ごめんね。大好きだよ」
首筋に顔を埋めて、囁く。
臨也は幸せそうに微笑み、頬にキスを落とした。わざと音をたてて。
作品名:空は蒼くて、君に触れたくて。 作家名:普(あまね)