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昆虫ですら交尾をする

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 ばしゃばしゃばしゃ、ホテルのプールサイドで水をかけあう子どもたちのように。ばしゃばしゃばしゃ、夏の焦げるような日差しをうけて水が光と一緒に弾けとぶ。クローゼットの中に入っていたのはハンガーに吊るされた白いワンピースで、裾はイーピンの膝小僧を隠してはくれなかった。他には下着以外用意されておらず、クローゼットの背板がすき間からみえていた。それを身に付けたイーピンは白いベッドに横たわり、何もせずにただラジオから流れてくる胡散臭いロックンロールを鼓膜にとじこめていた。
 似合うね、雲雀はそれだけ言うとイーピンが住んでいる部屋から出て行った。イーピンは雲雀の仕事が物騒だという噂をあちこちで聞いたが、なぜか興味はわかなかった。ただ退屈な日々をカマキリが昆虫を食らうようにしてむさぼっている。
 気が遠くなるほど天国に近いこの部屋から見える眺めは最高だった。いくつもビルが立ち並ぶ中、一番高いこの建物からは海がみえた。砂浜には水着姿の女性や、寄り添いあって花火をする若者たちがいた。イーピンはそれをうらやましいと思ったことはない。
 彼女にとって世界はこの寝室だけで完結していた。毎日決まった時間に運ばれてくる朝食、昼食、そして夕食。寝る時間も起こされる時間もどの時計よりもきちんとしていた。イーピンは自分が彼にとっての愛玩動物でしかないのだと心の中でちゃんと正面から向き合っていた。
「…雲雀さん」
 黒くてダックスフンドみたいに長い車に姿を消す、多分それが雲雀だった。イーピンの視力がいくら高くても、豆粒のような人間を判別するのは難しい。今のイーピンの状況と似た童話を彼女は読んだことがあった。確か、沢田綱吉の狭い自室でお昼寝の時間に読んでもらったのだ。イーピンが耳を澄ませる隣では、すでにランボはシーツの中に潜りこんでいた。ラプンツェル。イーピンの髪の毛は真っ黒だったけれども、確かに幼いころよりも髪の毛は伸びていた。ときおり、バルコニーに出ては雲雀が仕事の合間に彼女の毛先を整えてくれた。シャキシャキという鋏の音と、肩にかけられたビニールのケープ。
 散髪されるというのは、いつまでたっても慣れることがない。イーピンはビニールのケープを被ったとたん、自分が首から上だけしかないマネキンになったような気分になった。身動きがとれず、ただシャキシャキと自分の髪の毛が束になって落ちていくのを目で追うことしかできない。
 彼女は雲雀の言いつけどおり、髪型はおさげだった。自分で毎朝みつあみをして、きちんと鎖骨の上におさげがあるか手で確かめる。白いワンピース、そして裸足。たとえ季節が冬だろうとも、彼女の格好が変わることはなかった。いつからこの部屋にとじこめられているのか、イーピンはおぼえていない。
 ただ、何度も冬を越したような気がするし、まだ桜が芽吹く瞬間を見ていないような気もする。鉄筋コンクリートでできた塔の上で、彼女は王子を待ちわびているわけでもなかった。毎日のようには会えないが、時折雲雀の顔をみるだけで満足していた。
「…落とさなきゃ」
 白い猫足のバスタブに彼女は浸かっていた。何度も自分の股に水をかけながら、そして秘部を覆うスカートの白い布地を指の皮がむけるほど擦っていた。ちっともスカートの真ん中にできた赤いしみは薄まることがなかった。か細い脚をなげだして、そのしみをいつまでもいつまでも彼女は洗いつづけた。それでもショーツの下に隠された場所からは樹液のように赤が今も滲みだしていた。
 そして、浴槽にはられた水さえも染めあげていく。血が、とまらない。
「雲雀さん」
 彼女はいつまでも少女のままでいたかった。雲雀がワンピースについた赤いしみをみつけてしまったら、捨てられるような気がした。イーピンは指先が冷たさにかじかんでも、ワンピースに石鹸をたたきつけ、ごしごしと擦った。結局、彼女もただの女でしかなかったのだ。
作品名:昆虫ですら交尾をする 作家名:machiya