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【スパコミでこういう本が】君と見ている幾千の星【でません】

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ママが死んで、まるで入れ替わるようにパパのそばにあの男が現れ、わかったことがひとつある。
 永遠の愛なんてものは箱詰めのお菓子と同じ。そんなものはただのまやかしだと。




 要するに、私はママの「いきうつし」なんだって。
「杏里にそっくりだね」
 そう笑うパパの顔はなんだか泣き出しそうなくらい切なそうで、その度に私はパパに抱きついて、慰めようと必死だった。
 もしかしたら、私の存在そのものが、ママを思い出させてしまう原因なのかもしれない。それでもパパから離れるなんてことはできるはずもないから、パパはひとりじゃないよってそう伝えることだけに必死だった。
 同じように、ううんもっと強いくらいの想いをパパにぶつけてくる人が他にもいるなんて、思いもしなかったんだ。

 この男は私の 最大の敵。







「こんな遅くに何の用?パパなら出かけてるんだから。帰ってよ」
「おかしいね、子どもは寝てるはずの時間だけど?」

 リビングへ繋がるドアの前に仁王立ちして行く手を阻んだ。ファーつきの黒いコートを着たその人は、ものすごくきれいな顔をわざとらしく困ったように歪めて、「ロビーの鍵を開けてくれたのはそのパパなんだけどね」と意地悪く肩をすくめる。問答無用とばかりに睨み返せば、まっすぐに私を見下ろしてきた。遠慮のかけらもない、そのまなざし。
 折原臨也は唯一、本当の意味で私を子ども扱いしない人。それが嬉しくもあり、複雑でもある。

「君は望まなくても毎日帝人くんと一緒に居られるじゃないか。それだけでもイーブンじゃないのに、ここで追い返すなんてひどいじゃない」
「そうよ。ここはパパと私の家なの。だから追い返す権利だってあるでしょ?」
「ちょっと会うくらいいいだろ?」
「駄目。だいたい、ママが死ぬまでパパに会いにも来なかったのに、なんで今更…」

 はっとして思わず口を閉じた。手遅れだった。
「なんでも率直に言うのは君のいいところだね。でも口にしていいことと悪いこともあるよ」
 こないだパパに注意されたばかりだ。だって、わからなかった。いつも飄々としてるくせに、こんなに傷ついたような顔をするなんて、思わなかったから。
 臨也のこんな顔、知らなかったから。

「…まったく、絶妙のタイミングで傷を抉ってくれるね」
「わ、私…」
「俺はね、ずっと君のパパを見てきた。君のママと結ばれて、君が生まれても、ずっと。隣にいられなくても、彼が幸せそうに笑うから耐えられたし、生きていられた。君のママが死んでしまって、ようやく俺に彼を譲ってくれるのかと思ったんだよ。でも、とんでもない最終兵器を残してくれたね」

 臨也はゆっくりと膝を曲げて屈むと、私に目線を合わせた。意地悪を言われたのは私なのに、どうしてこんなに悲しい顔をするの。私の言葉がこの人を傷つけたの。
 ママを失って私もパパも悲しんだ。でも、臨也はもしかしたらそれとは違う痛みを、ずっと抱えてきたの?それはとても比較なんてできないけど。


「君を見るたび、彼女がまだ生きてるようだと錯覚する。死んでもなお俺の邪魔をするのかって、苛立ちの方が大きいはずなのに…、君の中に帝人くんの面影を見て、君を愛おしいと思う俺も、確かにいるんだ」

 自分が泣いてることに、臨也は気づいていないんだ。大のおとなが私みたいな子どもの前で泣くなんて変な感じだけど、不思議といつもみたいに彼を疎ましく思う感情は今は消えていた。まるで臨也のほうが子どもみたい。私は一歩前に踏み出すと、無意識に彼の頭を撫でていた。小さい子をあやすみたいにゆっくり。
 驚いたように顔をあげる臨也と、後ろから声が聞こえたのはほぼ同時だった。

「まるで大きな子どもが二人できたみたいですね」

 リビングに繋がるドアを開けてやってきたパパは、私たちを視界に入れて苦笑すると、そのまま私を抱き上げた。そして片手で臨也の手を掴んで立たせると、そのままぎゅっと手を握る。

「臨也さん、僕は貴方に謝らないと。杏里を失って、僕は自分だけが悲しいと錯覚してた。杏里への罪悪感を理由にして、臨也さんの気持ちからずっと目をそらし続けて、僕自身の気持ちにも蓋をしてきてしまった。貴方に向ける感情が、杏里への裏切りになるような気がして…この子を見るたび、それを責められているような気がして」
「…帝人くん、それは違うと思う。俺が言えることじゃないかもしれないけど、その子はずっと君に笑っててほしいとそれだけを願ってた。裏切りなんて、思ってないよ」
「そうだよパパ。ママは幸せそうに笑ってるパパが大好きだった。私も同じだよ。もう、無理しないで、パパがしたいようにして」

 すぐそばのパパの目が、今にも泣き出しそうなほど潤んでいるのがわかった。きっと、ママを愛していた気持ちはほんとう。だけどそれとは別の感情で、きっとずっとパパも臨也を大切だと感じてたんだ。二人とも何も言わなかったけど、気持ちは同じ方向を向いていたのかも。臨也はパパにとって、特別な人なんだ。

「…断っておくけど、私自身は臨也を認めたわけじゃないんだから。だけど…パパが臨也を必要だっていうんなら、今度は私が我慢してあげる」

 ずっとひとりでパパを見続けてきた臨也とおなじように、私にだってできる。そうすることでパパに笑顔が戻るなら、ちょっとくらい妥協したっていい。ママは誰よりパパの幸せを願ってた。きっと許してくれるはずだよ。
 臨也は私の頭を撫でようとしていた手を止め、恭しくそっと手を取った。やっぱり子ども扱いするんじゃなく、対等の相手にお礼を言うように。

「お姫様のお許しも得たことだし、改めて言うよ」
「臨也さん…」
「二人まとめて、俺の傍にいてくれないかな。ずっと、死ぬまで」

 パパだけじゃない、私だけじゃない、そこにはママへの感謝の気持ちもちゃんとこもってたように思う。
 抱き上げられたパパの体ごと抱きしめられた三人分の体温のなかで、パパの最後の涙を見た。きっともう、泣くことはないと思う。たとえふたりの間に障害があってパパはまた傷つくこともあるかもしれないけど、それでもきっとまたパパを笑わせてくれるのは臨也だと思ってる。そう簡単に死ななそうだしね。

 はい、と頷いたパパの声は、掠れて言葉にならなかった。
 この光景を、私はたぶん一生わすれない。


 きっと、しぬまで。