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悪魔の囁き、天使の誘惑

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「……そーゆー時期か」
「……そーゆー時期だな」
「はああああぁ?」
今しがた、担任から配られたばかりのプリントを手に、表情少なに語り合うは、毎度お馴染み3兄弟。
手にしたプリントに書かれた文字は、その名も高き『進路調査票』。
「どーしろってんだ、これ」
「書いて出せってことだろ」
「んなもん、考えたこともねーっての! 知るか!!」
そう言いつつ、調査票にのたくる大文字で『しらね~』と書き殴る黒木。
漫画を描き始めた戸叶が、2人を横目に考えこむ十文字に気付く。
「十文字は進学すんだろ」
「は?」
クエスチョンマークの付かない断定形で突然言われ、十文字は豆鉄砲を食らった鳩のような顔で戸叶を見る。
含みのありそうな表情でこちらを見る戸叶と目が合い、何となく気まずくなって視線をそらせた先を、黒木が作った紙飛行機が飛んでいく。
「あ~、モンジは俺らと違って頭いいからな。大学ヨユーだろ」
「黒木、ちょっと待て。『俺ら』って何だ? 俺とお前を一緒にするな」
「はああああぁ!? トガ、ざけんなよ、こら。それじゃあ俺だけぶっちぎりで馬鹿みてーじゃねーか!」
「いやお前が馬鹿だろ。黒木イズ馬鹿、馬鹿イズ黒木だろ」
ギャーギャー騒ぎ出した2人を尻目に、十文字はもう一度ため息を吐いた。

親のレールには乗らない、あんな生き方はしないと決めた中学時代。
学歴なんて糞くらえと受けたのが泥門だった。
自由な校風、自由な環境。
縛られず、やりたい放題出来る毎日。
けれど、そこで、出会ってしまった。
無気力と怠慢と逃避で満ちた、クサった日常を破壊する、熱くなれる存在に。
きっかけは悪魔。
悪魔に捕まり、従わされ、やがて魅了された。
悪魔の傍らにはいつも、天使がいた。
天使は聡明で優しく、悪魔以外の全ての者に等しく接した。実力どころかやる気すらない自分にさえも。
その2人が今、あれだけ忌み嫌い続けた自分の父親の母校にいるのは、何の運命の悪戯か。

「……ってか、完全に嫌がらせだろ」
部活を終え、2人と別れた帰り道、ボソッと呟けば、前方に人ならざる気配。
視線をついと向ければ、そこには変わらぬ悪魔の微笑。
「よう」
「ケケッ。青春真っ盛り、悩み事いっぱいってツラだなあ、糞長男」
「はあ!?」
誰のせいだ、と言わんばかりに睨みつけるが、もちろん悪魔が動じるわけもなく。
「来るんだろ」
何が、とか、何処に、とか。聞くまでもない、余裕の笑みが見つめている。
「……」
「次男と三男は心配いらねーよ」
「っっ!!」
額に青筋こそ立つものの、この男に「俺の気持ちの何がわかる」などと言ったところで無駄なことだと思い出し、どうにか踏みとどまった。
無視して行こうとした十文字の背に、悪魔が言葉を突き立てる。
「糞マネが楽しみにしてたぜ~。『来年にはまた皆で出来るわね~』ってよ」
「っっ」
ケケケと笑う声に振り向くと、そこに悪魔の姿は既に無く。
「よそ見はするな」と悪魔の声。
「こっちへおいで」と天使の囁き。
闇夜に街灯がポツポツと、十文字を誘うがごとく連なるばかりだった。