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【サンプル】人はそれを愛という

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ここは居心地が良い。良すぎる。 
 俺はここに居て良い人間なのだろうか。
 人を傷つけ、大切な物を壊し、そんな俺に笑いかけてくれる人達がいる。
 その笑顔を見る度に、言いようのない不透明な感情が体中を駆け巡る。
 何故、そんな顔をして笑える?
 俺は君の大切な物をズタズタにしたんだ。
 君の仲間も、場所も、絆も、全て壊したんだ。
それなのになんで俺に手を察し延べてくれた?
じりじりと照りつける太陽を一睨みし、乱暴に汗を拭った。青いユニフォームは水分を吸った場所だけ色濃くなる。
汚い。
そんな事を思って俺はベンチでボトルの水を口内に含む。口の中は乾燥し、舌の裏のねば付いた唾液が酷く不快だった。
 俺は今、雷門中のグラウンドにいる。響木さんに呼ばれ、日本代表として世界と戦うために特訓を重ねていた。ここにはかつて、エイリア学園でレーゼと名乗っていた緑川もいる。その頃の名残は無い。何でも、本人曰く演技だったそうだ。
 そう言えば昔は喜怒哀楽のはっきりした子供だったな、なんてぼんやりと思った。
 昔の事はあまり覚えていない。と言うよりも、思い出したくないと言った方が正しい。
 あの頃は幸せだった。家族がたくさんいて、父さんに可愛がられて、自分の存在意義など考えた事が無かった。俺が吉良ヒロトの代わりなのだと知る由も無かった。
そして知って、絶望した。
俺は吉良ヒロトと言う亡き者に投影された人形なのだと。
 ヒロトと言う名前を貰った。けれども決して吉良ヒロトにはなれやしない。俺はただのまがいもの。
 グランと言う名前も貰った。これは誰でもない、誰にもなれない俺だけの俺。俺だけの名前。
 玩具に異常な愛着を示す子供のように、俺はグランと言う名に固執した。
 だけど、『ヒロト』は?
 元々吉良のものだ。俺の名前じゃない。
俺の名前は何? 基山ヒロトではないのか?
俺の存在は何? 吉良ヒロトの代わりなのか?
もし、吉良ヒロトが生きていたのなら、俺の存在はどうなっていた。
俺は、どこにいる事になるんだ。
それは誰も教えてくれない問い。誰にも分からない答え。
『俺は誰?』