哀れみは拒絶された
ただ彼女にとってその犠牲者は最悪ではなかった。但し良くもなかった。想いを交わした恋人の言葉を借りるなら、
「君が無事で良かった。だから僕は彼に感謝しなければならないけど、それでも、犠牲者が彼だと思うと、君にとってこの結果は大団円にはなり得ないんだろうね」
要するに最悪の次点になり得る程には悪い結果だった。尤も、最悪の次点なら彼以外にもなり得たのだけれど、少年の慟哭を、少女の悔恨を以って、誰かの最悪だったのだろうと確信する。取り戻した『首』の容器を満たす液は、きっと誰かの涙だったのだ。
そしてそこで終わる筈の物語はしかし続いてしまった、結末をより悪い方へ引き延ばすように。
バイクと化した首無し馬を駆る。血と炎の戦場を思わせる夕の薄闇の中に現れる者を探す。野放しにして良い筈がない、彼が哀れ過ぎる。今日こそこの手で、と拳を握り、アクセルを踏み込めば馬が高く嘶いた。
『私は後悔している、罪悪感もある。あの時、お前の考えを見抜けなかった自分を今でも恥じるし、どうすれば良かったかなんて今更なことも考える。いっそ自分を自分で呪いたいくらいだよ。まあ、お前の存在が呪いみたいなものだがな』
PDAを相手に向けながら空いている手に鎌を形成する。
『だからお前が消えてくれれば呪いは解ける』
無意識に歯止めを作ってしまわないよう細心の注意を払う。
『今日こそこの手で屠る。汚れ役は私1人で充分だ』
そうでもしないと確実に歯止めを作ってしまう。
『お前はここにいちゃ、いけないんだ』
首無し馬の背に預けた『首』が沈黙したまま涙を流す。
『お前はあの事件で死んだんだ。分かってるだろ』
彼女だって泣きたかった。
『 帝人 』
お帰りと言ってその頭を撫でてやりたかった、また笑って話をしたかった。
しかし彼の身体に最早温もりはなく、傷口から千切れて火傷痕は爛れるばかり。変色した血が皮膚を伝い、肉が削げて骨が露出しているところすらある。元より日に焼けていなかった肌は青白いを通り越して形容し難い色になっていた。生者なら治るべき怪我から崩れるように、剥がれるように削られていく彼の様は見ているだけで痛々しい。
何よりあの事件の関係者の精神を抉る。彼は夕刻、生前に馴染んだ場所や人物の前へ現れるだけだが、ただそれだけのことで少なからず誰彼を今も事件に縛りつけている。
だから彼女は彼を再殺すると決めた。彼が消えないことには事件がいつまで経っても終わらない。
『すまない、帝人』
誰に恨まれても罵られても構わない、これは彼女の自己満足なのだから。
――――どうか、安らかに
彼には届かないだろう言葉を手向け、震える手で鎌を振り上げる。
彼は命乞いなどしなかった。