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酒は呑んでも呑まれるな

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「君って本当に酒が好きだよねえ・・・。」

倒れた、と噂で聞いて駆けつけてみれば、アーサーは二日酔いで酷い状態だった。
先に来ていたフランシスの話では、吐いては眠る、の繰り返しだったらしい。

「なんだってそんなになるまで飲むんだい?」

長いこと生きているのだから、そろそろ加減を知ればいいのに。
こんな事を口に出して言うと、お前は食いすぎだとかメタボだとか
確実に反撃を食らうので言わないけど。

「うるせー帰ればか」
「え?何だいアーサー、聞こえないんだぞ」

弱弱しく掠れた声で言われて、聞こえない振りをした。



昼食を持って現れたフランシスがくつくつと笑っている。

「坊ちゃんは本当に極端だからねえ。何をするにも加減ってもんを知らないんだから」

困ったもんだ、といいながら手馴れた様子でアーサーの背中に腕を回して座らせる。

「なんか・・・ベテランの介護士みたいなんだぞ・・・」
「こいつの傍に長い事住んでれば慣れもするさ。不本意だけどね」

フランシスはこちらにウインクひとつ寄越してアーサーの髪を撫でる。
なんだろう。その仕種に、妙に心がざわついた。

「・・・君って、本当はアーサーと仲がいいんじゃないのかい?」

冗談っぽく言ったつもりだったけど、うまく笑えた自信がない。
その証拠に、フランシスは少し口を歪めてニヤリとした。

「さぁ?どうだろう。気になる?」

実にさりげない仕種で朦朧としているアーサーに顔を近づけ、顎を持ち上げる。
その瞬間―――。

鈍い音がして、フランシスが頬を押さえた。

「もー、ひどーい坊ちゃん。イキナリ殴る事ないのにー」

毛を逆立てた猫さながら、アーサーはフランシスを拳で殴りつけた。

「気持ち悪いんだよワイン野朗・・・!その髭抜かれてぇのか?ああ?」
「怖い怖い。元ヤン時代にもどっちゃってる!!」
「元ヤンって言うな、ばかあー!!」

今度は布団を頭まで被って震えている。
酔うと表情豊かというか、激しい人だ。

「ま、死んだように寝てる坊ちゃんは嫌いじゃないけどね。顔だけはイイし!」

腫れた頬を擦りながら苦笑いするフランシス。

「君も親バカだね。」
「もう親とか思ってないけどね。多分お互い。」
「ふーん?」

ちょっと羨ましい。
俺も、色んな意味でもっと対等になりたい。
独立した国同士として。
親子とか兄弟としてじゃなくて、もっと。

「しっかし解せないよなあ。なーんで俺の元に居ながら料理があんな事に・・・」
「反面教師ってやつじゃないのかい?俺のところだって、飲酒はあんまり歓迎されないんだぞ」

言いながら、また心がざわついた。
気に入らない?何が?

「もーお前ら煩い!帰れ!頭痛ェんだよ」

歪めながら言う顔は、本当に辛そうだ。

「はいはい。じゃあ、俺はもう帰るけどお前はどうする?」

ニヤニヤとした笑顔で嫌な感じだ。分かってるくせに。

「俺は・・・もうちょっと面白いアーサーの顔を見てから帰るよ」
「うん、じゃあね。後はよろしく」

フランシスの気配が消えて急激に静まりかえった室内の雰囲気に
なんだか変に緊張してきた。

「ア、アーサー・・・?」

呼んでみても返事は無い。
覗き込むと、小さく寝息を立てていた。

「・・・・・・・・。」

顔が見えるように、そっと布団を捲ると
ん、とアーサーが小さく呻いてドキッとした。

何でこんなに一人でドキドキしているんだろう。
こんなの、なんか悔しいじゃないか・・・!

支配されたり、与えられるんじゃなくて
どうしたら俺はもっとアーサーに影響を与える事が出来るんだろう。

「ねえ、もしかして君は俺のこと、まだ従順な子供だとでも思っているんじゃないのかい?」

一度は思い切って反発してみたりしたけれど
君は反抗期くらいにしか思ってないんじゃないのかい?

色んな国を従えて、その中でも俺に対しては一番甘かったって
そういう事実を知ったのは随分後になってからだけど。

「俺は家出息子じゃないんだぞ。その気になれば、君を支配する事だって・・・」
「ふーん。出来るもんならやってみろよ」
「!??」

アーサーは翠の双眸をはっきりと俺に向けていた。
「お前は・・・昔っから威勢だけはいいからなあ」

くくく、と苦笑いする。
明らかに冗談だと思っているんだ。この人は。

「そんな顔で言われても、説得力がないんだぞ!」
「う、うるせーな!酒も飲めねえガキの癖に」
「飲めるけど飲まないんだよ!今の君みたいになりたくはないからね!」
「バカ。酒の良さをわからねえガキに言われたくねえよ」
「酒の何がそんなにいいって言うんだい」
「何って、そりゃ・・・」

徐に目を逸らせて呟く。

「色々、忘れられる事だろう」
「そんなに忘れたい事が多いのかい?」

この人は、誰よりも色々なものを手に入れてきたはずなのに。
散々暴れて、嫌われて、独りになって。
俺からも、独立されて?

「君、淋しいのかい?」
「なんだよイキナリ。俺に淋しいとでも言って欲しいのか?
はっ、残念だが俺は一人には慣れてるんだからな!」

強がって人を寄せ付けないのもこの人の悪いクセだ。
人一倍淋しがりの癖に、プライドが高くて自虐的で
どこか諦めてる。

淋しいって、言えばいいのに。

「・・・久しぶりに、ハグしてよ。」
「はあ?お前、酔ってんのか?」
「何言ってるんだい。酔ってるのは君のほうだろ!」
「な、なんだよ・・・仕方ねえ奴だな・・・今日だけ、だからな・・・」

辛そうに上体を起こして、顔を背けながら背中に腕を回される。
思いのほか縋るように強く抱き締められて、酔いが俺にも移ってしまいそうにくらくらした。
アーサーの身体が熱い。
堪らなくなって、自分の腕もアーサーの背に回して、強く抱き締め返した。

「痛いよアーサー。・・・でも、もうちょっとこのままでいてくれ」
「・・・なんだよ、ホラー映画でも見たのか?」
「・・・あんまり子供扱いしてると、そのうち痛い目みるんだぞ・・・」
「なんだって?ああ、眠いな・・・。アル・・・」

フッ。と腕から力が抜ける。
また眠ったらしい。

「俺の腕の中で寝るって・・・君、まさかとは思うけど誘ってないよね」

無防備にも程がある。
喜ぶべきか、落胆すべきか。

「あ、今なんとなく分かった気がするよ。
俺の所がストレートな愛情表現をするのは
きっと君の反面教師なんだぞ・・・。」









作品名:酒は呑んでも呑まれるな 作家名:甘党