空色カウントダウン
あまりに天気のいい昼休み、どうせだから屋上で昼飯にしようぜ、と言われて屋上にやってきた。
立ち入り禁止だけど、と言うと、大丈夫だっつの、と返ってきて、鍵の壊れた扉の向こうは確かにちょうどいい陽気だった。
寿一は顧問と相談があるらしく、二人きりでいつものように昼飯を食べ終わり、ぼんやりとしていて―――隣で寝転がった友人に、思わず言葉が零れた。
「………ハァ?」
両手を組んで枕にしていた靖友は、その細い目を更に細めてこちらを睨み付けた。
「なにトンチキなことぬかしてやがるバァカ」
けっ、と語尾に付け足して背を向ける。
「…意味はわかってるんだ?」
「あぁ? そこまで鈍感じゃねぇよ、オレを誰だと思ってやがるばーか」
すこし丸まった背中に呟くと、体勢を変えずに返事が返ってくる。
吹き抜ける新緑の風が、靖友の黒くサラサラした髪をなびかせた。
「うん、そうだな。お前は分かってるよな――――だから、ちゃんと答えて」
靖友の向こうに片手を付いて、寝転がっているその身体を覆うように退路を奪う。
「なにを…って、おまえ…近い。どけ」
ふと視界が翳ったことに気付いた靖友が振り向く。
いつもより格段に近い、どちらかと言えば黒目が小さい目が、その奥で揺らいだ。
「ダメ。答えてくんなきゃどかない」
「てっめぇ…なに答えろっつーんだよ、バカか」
「分かってるくせに」
「…ちゃんと言わなきゃわかんねぇよタコ」
「言ったら答えてくれんの?」
「さぁな」
「――――好きだよ。だからオレと付き合って」
傍から見たら確実に押し倒しているように見えるだろう。
実際、体勢はそれに近いけれど、実情、今のオレ達はそんな甘い関係じゃない。
箱学自転車部の仲間、同級生、それ以上に…想っている、けど。
「男同士でキモイんだっつのアホ」
「…真面目に言ってるんだ、ちゃんと聞いて」
いつもみたいに茶化すなよ、と呟くと、靖友は小さく舌打ちをした。
「―――メンドクセ」
「靖友は考えるの嫌いだもんな」
「んなこたねぇ」
「だから……オレが10数えるうちに答えて」
「――――ハァ?」
「10」
こうして近付いても逃げない、はっきり告白しても即断るってわけじゃない。
「9」
じゃれついても、抱き締めても逃げない。
「8」
いつも冗談紛れに言う「スキ」に「バァカ」と返しはしても、「もう言うな」とは言わない。
「7」
それがどういう意味を持っているか、気付かないほどオレだって鈍くない。
「6」
――――でもね、オレだっていい加減、ちゃんとした答えが欲しい。
「5」
はぁ、とわざとらしい溜め息を吐いて、靖友が手を伸ばした。
「…4、って、痛い、痛い」
前髪を強く引っ張られ、自然と顔が近付く。
「ったくめんどくせぇ男だな、お前は。…カウントなんかいらねぇよ」
ばぁか、と言って、靖友がもう片方の腕を首の後ろへ回し、力任せに自分の方へと引寄せた。
「……これで、わかんだろ」
勢いで重なった唇が離れ、吐き捨てるように呟いた靖友の顔が、真っ赤に染まっている。
「――――わかんない。ちゃんと言って」
3、とカウントを続けると、また下からギロリと睨まれる。
でもゴメン、靖友。いまその顔で睨まれても逆効果だって、知ってる?
「おっっ前!」
「…お願い、言って。……2」
靖友は口が悪い。態度も悪いし、ぶっちゃけ性格だって褒められるほど品行方正ってわけじゃない。
でも、本当は優しいってことを知ってる。
そうしてオレは、いつだってそれにつけ込む。
今もそう。靖友の耳元へ唇を寄せ、項垂れるように、懇願する―――靖友の優しさに、つけ込んで。
言葉で、形で、オレに思い知らせて欲しい。
「1」
また、耳元で舌打ちが聞こえた。
「ぜ」
「―――だ」
ゼロ、と言おうとした声を遮る、小さな声。
それはこの耳にだけ届いた、風の音にも似た掠れた囁き。
「…っこれでいいだろ…っ」
それを掻き消すように一際大きな声で、靖友が身体を突っぱねる。
体勢を戻して見た靖友の顔は、さっきよりももっと赤い。
「ははっ……靖友、顔まっか!」
「ウルセェ、タコ!」
どけ!
真っ赤な顔で罵声を浴びせながら、靖友が起き上がる。
それにあわせて体勢を戻すと、また靖友に襟元を掴まれて引寄せられた。
「―――覚えてろよ」
二度目のキスは、さっきよりも少しだけ長く、少しだけ色付いていたけれど、離れた後の言葉はいつも通りの棘を孕んでいて、それが一層嬉しかった。
「ッチ、昼寝って気分じゃねぇな…戻んぞ」
「はいはい」
立ち上がった背中を追いかける顔は自分では見えないけれど、きっとひどく緩んでいるに違いない。
教室に着くまでの間にどうやって平静を装うか考えながら、今しがた大切な場所に成り上がった屋上を後にする。
扉を潜る前に見上げた空は、綺麗に晴れ上がり、青く輝いて見えた。
end.