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愚者の二日目

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人間が嘘を吐いても咎められない日だとしても、俺達には適用されなければ良いのに。人間でない俺達の言葉は真実だと良いのに。


 デリートしてしまうことが出来れば楽なのだろうかとデリックは思う。瞳を閉じれば再生される日々也の表情、声、言葉。
 記憶容量にはまだ余裕があるけれど、不要なデータはフリーズ回避の為に己の自由意志で消してしまえる。そのはずなのに、出来ない。
 濡れた瞳が揺れる様子も、震えた声も、消去出来ない。
 デリックはプロテクトをかける。自分の中にある彼に関わる記録、記憶が消えないように。
 端正な顔を耳まで真っ赤に染めて告げられた言葉。それは嘘だと、人間達の風習に乗っ取った戯れなのだと理解していても。

 日付は変わった。もう嘘を吐いても良い日ではない。今から発する言葉は嘘じゃない。
 好きだ。出力端子を抜いて小さく呟いてみる。
 日々也。実際には呼んだことのないかの王子の名をかすれる声で発してみる。すきだ、ひびや。
 たった三文字に気持ちを乗せて、たった三文字を愛しい名だと思う。
 この言葉は出力されない。端子を抜いたデリックの声は可聴音域のデータにならない。
 この感情はどこも経由させない。どこにも伝わらない。どこにも繋がらない。誰にも伝えない。
 デリックは確認するようにヘッドフォンに触れた。きちんと装着している。感情のぶれは最小限に抑えられている。そのはずなのに。
 誰にも聞こえない秘密の言葉を発しながら、頬を静かにつたった水分を掌で拭う。


 デリックは日々也に関する記憶と並べて己の感情にプロテクトをかける。消えないように、大切に守るように。
 だけど決して誰も知ることのないように。
作品名:愚者の二日目 作家名:東雲