きみが誰かと笑うたびに
「……折原さん、何だかご機嫌斜めですね」
つまらないですか、と覗き込んできたどアップの顔に一瞬ときめくも、そんなことないよーなんていつものように大人の女らしく振る舞えない。
「つまんなくなんかないよ。何で折角のデートでそんなこと訊くのさ」
「何でって……思いっきり眉間に皺が寄ってるじゃないですか」
困ったように溜め息を吐かれて、こっちが泣きたくなった。違うんだよ帝人くん、帝人は何にも悪くないんだよって言いたくなる。
でも言えない。言えばこの空気は綺麗さっぱり無くなるんだろうなと分かっていても、言えないのだ。だって、悔しいじゃないか。年上の自分が、嫉妬しているなんて。
「帝人くん……」
「はい?」
「好きだよ」
「僕もですよ」
はにかんで笑う初々しい姿に、胸がギューッとなる。好きなのだ。本当に。滅多にこうして口にすることはないけれど。
出会った時は、ダラーズの創始者と新宿の情報屋で。面白半分に手を出していたら、どんどん惹かれて。でも今まで自分がどんなことをしてきたかを理解していたから、気持ちなんて伝えられる筈もなくて。
それが奇跡的に(帝人からの告白!)実った時、きっと自分は彼から離れられないし、彼のことを離してもあげられないと、唐突に悟ってしまった。
会う度にどんどん好きになる。出来ることなら誰も知らない場所に閉じ込めて、毎日愛を囁き合って、自分しか見られないようにしてしまいたいくらいに。
勿論そんなことは無理だった。やろうと思えば簡単に出来るが、そんなことをしてもし嫌われてしまったらという恐れが着いて回る。――帝人が好きになったのは、そんな風に嫉妬に狂う醜い女ではないと思うから。
だから、正臣や杏里と楽しそうに帰っている姿を見かけた今日だって、気紛れを装ったメールを送って自宅に呼び出すだけで我慢した。本当なら、その場で無理矢理割り込んでしまいたかった。
面白くないなぁと、思うのだ。自分ばかりが振り回されているようで。
どうしたら良いだろう。どうしたら愛しい彼を繋ぎ止めておけるだろう。自分は美貌も金もあるが、それだけで手綱を握れるような相手ではないことは、皮肉にも自分が良く分かっている。
思春期には、やっぱり即物的なやつじゃないと駄目だよなぁ……
身長は帝人と並んでも似合いの高さだし、日頃から天敵と殺し合っているだけあって、無駄な脂肪に縁は無い。寧ろ付くべきところに付いていない感もあるが、あんなのは所詮脂肪の固まりでしかなく、あったらあったで重いし肩は凝るし年と共に垂れてくるしで、良いことなんて何もない。
それに自分は、所謂適正サイズというやつだ。別にこれは、杏里や巨乳の妹に対する僻みとかではない。断じてない。
「……帝人くん、明日確か休みだよね」
「三連休の初日ですから」
「じゃあさ、今夜はウチに泊まっていきなよ。俺も暫く切羽詰まった仕事も無いから」
嘘。本当はある。滅茶苦茶ある。企業のもヤクザのも。自分は引っ張りだこなのだ。だけど今はそんなことは忘れて、有能で出来女なクールビューティーな秘書に丸投げしてしまおう。そういえばアイツも結構胸があったな。波江が安全牌(病的なブラコン)じゃなかったら、首にしてるところだよまったく。
「手料理とか、ご馳走するよ。一人暮らしが長いから、これでも料理は得意なんだ」
「そんな……悪いですよ」
「いーのいいの。その代わりこっちもご馳走になるしさ」
「何をですか?」
まだ秘密だよ、と言ってやれば、益々不思議そうに首を傾げる。こういう純粋さをいつまでも無くさないでいて欲しいと思う反面、容赦なく奪ってしまいたいとも思う自分は、良い具合に恋人にイカれていた。愛だよ愛、なんて、開き直るつもりはないけれど。
「いーっぱいイチャイチャしようね、帝人くん」
タイムリミットは3日。警戒心を根こそぎ取り払い、童貞を頂き、最終的には向こうから押し倒してくるくらいにしなければ。
なりふり構っていられない。だってこのままじゃ、溢れる嫉妬で溺れてしまうだろうから。
作品名:きみが誰かと笑うたびに 作家名:yupo