大人になりたくない
「ね、南雲。」
「ん。」
「進路調査表書いた?」
「あ、」
やべ、完全に忘れてた。
鞄の中をがさがさと探ってみると案の定ぐしゃぐしゃに丸められていた。
それを引っ張り出して皺くちゃの紙を破らないようにそぅっと開いた。
名前しか書いてない…。
大体何でこんな紙切れで将来を決めなきゃならないんだ?
というか、就職か進学しか道がないって理解できねぇ。
「涼野は何書いた?」
「…まともな大人。」
最早進路どうのこうのって問題じゃねぇな。
涼野は窓の縁に肘をついて何処か遠くを見ていた。
空は鉛色の雲が澱んでいた。
これは今の涼野の心境を映し出しているのだろうか。
それとも俺の…?
「私達を捨てたような大人にはなりたくない。」
「どうせなら大人になんかなりたくない。」
そう涼野は吐き捨てた。
そうだよな、ピーター・パンにでもなれたらな。
ネバーランドにでも行けたらずっとこのままなんだろうな。
でも、あんたと一緒に時を過ごしていたいんだ俺は。
あんたと一緒にまともな大人になりたいんだ俺は。
まともな大人がどんな大人なのかはよく分からないけど、真っ当な人生をあんたと歩んでみたいんだ。
時が止まったままなんて空しいじゃねぇか。
「でも、時は止められないから。だったら幸せな人生を送りたい。」
「だな。」
「南雲も真面目に書いといたら?それ。」
涼野は俺が握ってる紙切れを指差してにたりと笑った。
「余計なお世話だっつーの。」
「ほら、良い資料が此処に…。」
涼野は教室の後ろにある本棚から大学の資料とかを取り出して俺の机にどさっと置いた。
そして俺の前の席の椅子を俺に向けて座った。
「私も真面目に書いてみるから、さ?」
「結局書いてねぇのかよ。」
「でもまぁ、大学に検討はついてるし。」
「何処に行くの?」
「んー。」
涼野は机に積み重なった本の山から一冊の分厚い本を取り出して俺に突き付けて、此処とか?と言った。
その本を受け取りぺらっと見た。
偏差値が65を余裕に上回っていた。
やっぱりな…。
こいつ、果てしなく頭が良かったんだった…。
俺には無理だな…。
「あんたとこうしていられるのもあとちょっとかぁ。」
「別に大学が別れようが会えない訳ではないだろ。」
「でも大学って忙しいんじゃないの?」
「どうせなら同居してみる?」
涼野は本をぺらりとめくりながら、さらりと言った。
俺が何も言わないので、涼野はちらりと俺を見た。
「いや、冗談だよ。」
「何だよ、本気にしちまったじゃねぇか。」
「ま、私はどっちでも良いんだけどねー。」
「マジでか。」
「うん。」
「じゃあ高校卒業したら俺就職する。」
「こんな不況の中…。」
「んで、あんたと一緒に暮らせるように稼いでやる。」
「夫婦かっつーの。」
涼野はやはり本に目を落しながらくすりと笑った。
どうせなら、夫婦が良かったなとか思ったり。
就職の本を捜し当てて本を開いた。
これなら出来るかもという職が幾つかあった。
大学よりも俺にはこっちの方が向いてるかもと内心喜んでいた。
「高校卒業したら同居しよーぜ。」
「良いよ。ただ、」
「ただ?」
「荒らすな。」
「荒らさねーよ。」
何かと思えばそんな事かよ。
と思えば涼野はあと、と言った。
「浮気はしない事…とか?」
「それこそ夫婦みてーじゃねぇか。」
「昼ドラみたいな展開を期待して…。」
「しなくていいから。」
「冗談だよ。浮気とかまず付き合ってないしねぇ。」
「冗談じゃなくてもいいぜ?」
「…は?」
「浮気すんなよ?」
「なるべく。」
「浮気性なのかよ。」
「ははは、冗談だよ。」
「冗談言い過ぎだろ。」
こんな他愛のない会話をこれからもしていけたら、幸せだな。
もしも、俺等が出会っていなかったら俺は今頃何してたんだろーな。
同性だけど恋まがいな感情抱く事は無かったんだろうな。
恋まがいなんかじゃなくてもしかしたら恋しちゃってるかもな。
でも、それはそれで幸せだな。
今も昔も変わらずあんたと移り変わるこの世界を見てみたい。
だなんて。
それが俺の究極の幸せ。