ティータイム
読んでいない方はご注意を。
―ティータイム―
「トレイズ」
「ん?」
「お茶入れなさい」
トレイズは身体を伸ばし、先ほど注いだばかりのはずの彼女のコップを見て、
「……わかりました」
素直にポットを持って行った。
ちゃっかり、自分の分のティーカップを持って行くことも忘れなかった。
ぺらりと、リリアが本を繰る音だけが部屋に響く。
特にすることがないトレイズは、右をみて、左を見て、リリカを見て、しばらくみつめて、反応がないので左を見て、上を見て、最後に左の棚を見て、あれ、と小さく呟いた。
「これ、アリソンさんとリリアのお父さん?」
「………………何?」
リリアは本から顔を上げずに、紅茶へと手を伸ばした。
「この写真、初めて見る。
リリアのお父さんの写真、あるんだ?」
「……うるさいわね、何よ?
読書しているときくらい静かにしてなさい」
「……すみません」
トレイズはおとなしく謝ったが、
「写真」
と小さく呟いた。
「…写真?ああ、これね。
パパが唯一映っている写真。しかもピントずれてる。
ママは綺麗に映ってるのにねー。誰が撮ったのかしら」
「……」
トレイズには心当たりが一人いたが、黙っていた。
「見たいの?」
「え、ああ、いや。
けどリリアのお父さんの写真があるなんて知らなかったからさ。
ピントがずれてるとはいえ、じゃあ、リリアはお父さんの顔はわかるんだ?」
「え?あー、うん、まぁね。
とはいっても私が産まれる前に死んじゃったから当然その写真だけなんだけど」
リリアは読書もういいわ、といい本を文字通りなげだすと、大きく背伸びした。
トレイズは無言でそれを見つめる。
「ママは今でもパパを愛してるって……それだけで十分。
……ってちょっとトレイズ、中身ないじゃないのよ」
紅茶に手を伸ばし、リリアは眉を寄せた。
トレイズは記憶をたどり、ちゃんと入れたことを思い出し、
「さっき入れた……」
「じゃあ早く次入れて。
本読むのやめて話をしてあげてるんだから当然でしょ?」
「……かしこまりました姫様」
反論はできないと判断したトレイズは棒読みで華麗に会釈をすると、ポットを手にキッチンへと戻っていった。
「でもねー、ママ、そういいながら……」
リリアは片腕をつきながら語尾を濁らせ、小さく首を振った。
「……おとといの、あの人?」
キッチンのカウンターから、トレイズはそっと聞いた。
向こう側にいるリリアは背を向けたまま、小さく頷いた。
「……そりゃ、誰とつきあうかなんて、ママの自由よ。
でも、……パパは」
リリアは言葉を切ってテーブル横の棚においてある、唯一の”パパ”……ヴィルヘルム・シュルツの写真に目をやった。
幸せそうなアリソンと、カメラに驚いたのか、そんな表情をしているヴィル。
二人の幸せは、リリアの知る限りでは、この写真に残されたもの、そして忘れ形見の自分だけだった。
「パパは、どう思うのかな……」
「…………」
黙々と、トレイズはお茶の葉を取り替えた。
いつか本当のことを話すときがくる思いますか?
アリソンの今の恋人―――”英雄さん”はそう、悲しそうな瞳で言った。
リリアによく似た、茶色の瞳。写真がきちんと残っていれば、あるいは―――もちろんきっとアリソンはピンぼけだったからこそ取っておけたのだろうが―――リリアも、自力でたどり着いたかもしれない。
本当は告げたいのかもしれない。
リリアに、真実を告げたいのかもしれない。
トレイズの勘違いかもしれないが……しかし、彼がリリアを思う心は強かった。それは、十分なほど、あの短い会話の中で感じ取れた。
「リリアは、……トラヴァスさんが、嫌い?」
トレイズは、茶を置きながらそう尋ねた。
父親譲りのセピアの瞳が……トラヴァス少尉と似たその瞳が、揺れた。
「わ……かんないわよ、そんなの。
……でも、私、あのひと……」
「あのひと……?」
トレイズが覗き込むようにそっと先を促したが、リリアはそれを見、目が合い、そのまま固まり……
「……私なんであんたなんかにこんな話してんのよ」
不機嫌な様子でトレイズのおでこを手ではらいのけ、紅茶を一口含んだ。
「……さあ、なんででしょうね」
トレイズはおでこをさすりながら、そっと思った。
あの人も、こうして昔、いやもしかしたら今も、アリソンさんの部下として働かされているのかもしれない、と。
「ほら、トレイズ。お茶菓子くらい用意しなさいよ。
気がきかないわね、まったく」
「まったくもって失礼いたしました、姫様」
恭しく礼をすると、トレイズはキッチンへと戻っていった。
そして、
「……俺ってもしかしたらイクストーヴァの国王だったかもしれないんだけどな」
リリアが聞こえないように、小さく付け加えたのだった。