ぐらにる 流れ 眠り姫
世界が違うものに変わってしまったら、きみは、ずっと傍に居てくれるだろうか。
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例えば、争うだけの武力がなくなったしまった国ばかりになったら、
例えば、戦える年齢の人間が世界中からいなくなってしまったら、
例えば、諍いを起こす心のない人間ばかりになってしまったら、
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きみは、それを嘆くか、喜ぶか、
きみが、戦う意味がなくなれば、
きみの心が、悲しまなければ、
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そんな結末は起こりはしないだろうが。
それでも、ふと考えてしまうことだった。
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連絡もなくやってきたきみは、ソファで眠っていた。少し疲れたようで、私が部屋に入っても目覚めない。テーブルには、強い酒が入ったボトルが、半分、空になっている。唐突に、時間がとれたのだろう。だから、連絡がなかった。たまに、そういうことはある。だから、驚きはしない。 謎めいていた経歴の持ち主で、実際のところはわからないが、私にとっては会えるだけで充分だ。
「風邪を引くぞ。」
声をかけても、返事はない。すっかりと眠り姫になっている様子だ。何日、滞在するのか、それすらもわからない。だから、会えた時は、その時間を無駄にしたくない。
ゆっくりと抱き上げて、ベッドへ運ぼうとしたら、眠り姫は、ううん、と、呻いた。
「きみは、眠り姫だから、私のキスで目覚めなければならない。・・・だから、もう少し、眠っていなさい。」
私の言葉に、ほっと息を吐いて、眠り姫は身体の力を抜く。それから、ベッドに静かに沈めて、軽いキスをした。
「・・・悪い・・・・寝ちまった・・・・」
「いや、構わないよ。久しぶりに、きみが、『眠り姫』だと思い出せた。」
「・・・・ちょっと時間ができたんだ・・・・それで、寄ってみた・・・・」
「ああ、嬉しいよ、姫。」
できたら、ずっと、ここに居てくれればいいのに、と、付け足したら、眠り姫は、クスクスと笑って、「足がなくてもいいのならな。」 と、返事した。
「姫? 」
「俺は、自分で、今の居場所から抜けるつもりはないんだ。・・・・だからな、俺が、ここに、ずっといられるのは、そういうことになってからだ。・・・俺のやってることは、倫理的に間違ってる。だから、その咎を受けるか、それより前に、その居場所で死ぬのか、どちらかしか、俺は解放されない。それでもよければ、ここへ居座ってやるよ。」
私とは違う世界で、戦争に関わっている姫は、家族をテロによって亡くした過去がある。だからこそ、そのテロがなくなるような強力な武器を作ることに関係している。正規の軍需産業ではないから、その行為は悪と判断される。それも承知の上で姫は、そこに関わっている。それから抜け出すことはしないと以前にも言った。
・・・・だから、世界が、まったく違うものにならなければならないんだ・・・・・
姫を、そこから引き上げるには、世界が違うものにならなければならない。だが、それは、有り得ないことだった。
「では、姫、私からの希望なんだが・・・・足はなくてもいいから、太腿より上は維持してくれ。」
わかっているから、茶化した言葉に置き換える。
「はあ? ・・・それって、セックスできる状態で現れろって?・・・・あははははは・・・・わかったよ。努力はする。」
そして、姫も、それにノッてくれる。どちらも、それは不可能だとわかっているから、これでいい。
「いつまでだね? 姫。」
「明後日の朝。」
「では、とりあえず、足のある姫をいただこう。」
「バーカ、言ってろ。」
「最初に言い出したのは、きみだったはずだが? 」
「うっせぇーよ。・・・・あ・・・シャワー浴びさせろ。」
「じゃあ、二人で。」
そうだな、と、姫が起き上がる。
「なあ、姫。」
バスルームへ歩き出した姫に、声をかけた。
「ん? 」
「きみに対しては、『愛してる』という陳腐な言葉しか浮かばないんだ。」
「・・・・はあ?・・・・今更、何を・・・」
「きみを称える言葉は、たくさん溢れるのに、きみに想いを伝える言葉は、ひとつしか出てこない。」
呆れたように、姫は髪の毛を梳き上げて、「それが最上級なんだから、それでいいんだよ。それ以上はないから、それでいいっっ。」 と、言い放つと足早にバスルームへ駆け込んでしまった。
作品名:ぐらにる 流れ 眠り姫 作家名:篠義