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あなたは気づかない

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私が生きている間に彼に会ったのは、後にも先にもシンとの結婚が決まった直後の顔合わせの時だけだった。むろん、彼は李家の大御所なので私とシンとの結婚式にも出席した。しかし、私はその時に彼と一言も言葉を交わしていない。だから私がきちんと彼と”会った”と認識しているのは、あの時だけである。そう、あの時。

──日差しが少し眩しくて、隣で運転するシンのサングラスを奪うと苦い顔をされた。
「後部座席にお前のサングラスあるだろ」
運転中のシンはこちらを見ない。サングラスで黒っぽくなった視界で彼の顔を捉えると、私は何も言わずに溜息をついた。大人しく赤信号のところでサングラスを返してやる。
「ねえ、月龍さんって、どんな人なの」
私は李家の最高権力者に会いに行くと決まった2週間前から今この瞬間までずっと胸がずんと重くて仕方がなかった。噂によるとかなり神経質な人らしい。シンとは旧知の仲とも、他に友人らしい友人はいないなど、などなどなど。
(まるでこれでは私がシンを婿養子するみたいじゃないか……)
「そんな緊張するなよ」
「答えになってない」
「あのな~」
シンが答えを逸らすときは大抵答えにくいことじゃなくて答えたくないことだって知ってて、それがわかるから余計に私の不安は煽られた。答えたくないという事は私に伝えると何か不都合があると言う事だ。シンは伝えないことを優しさだと思っている節があるけれど、それは違う。どうせ知ることなら私は今すぐにでもコテンパンにやられてしまいたかった。
再び溜息をつくと乗りなれた車の背もたれに寄りかかった。いつもより硬く感じるのはやはり緊張しているからだろう。
「……着くぞ」
シンがハンドルを大きく右に切ったところでその門は現れた。

ふかふかとした絨毯の敷き詰められた応接室に通されて、そこで暫く待たされた。
大きな窓から燦々と日が差し込んで、私はそこから望む手入れの生き届いた庭をぼーっと眺める。シンは何度も訪れているような慣れた雰囲気でその辺のソファーにふんぞり返っていた。普段の私ならスーツに皺がつくからとか細かいことを言い出すのだろうけれど、既に緊張が限界に達していた私はシンの様子を見る余裕すらなかった。寧ろ今はシンがこの世の全ての厄介事の元凶な気がして、彼を視界に入れることすら憚られた。
コンコン。規則正しいノック音が二回響いた。キイッと扉の軋む音がして、すらりとした美青年が現れた。伸びざらしの髪を緩く結え、お決まりの民族衣装で現れた彼は、やはりどこか不機嫌そうで私の不安は的中した。ぐっと息を飲み込む。
すたすたと私の前まで歩いてきた彼は、値踏みするように私を見つめると、すっとその細い腕を差し出した。
「やあ、」
一言目の彼は、まるで甘い砂糖細工のような猫撫で声で私に笑みを向ける。
失礼にならないように私はすぐにその手をそっと握り返した。
「よく来たね」
これが彼のよくできた笑みなのだろう。微笑んだ彼の瞳はゾッとするくらい空っぽだった。握り返された手に彼の伸びた爪が食い込む。
(痛ァ……)
これはとんだ砂糖細工だ。甘いと思って頬張ってみたら、鋭い針が入っていたような、そんな。
少し怖くなって隣に来ていたシンを見上げると、私に聞き取れない早口の中国語で彼に話しかけた。ああ、と彼は何か頷いてから、その小さな顔をぐっと私に近付けた。
「英語より日本語の方がいいかな」
はじめは英語で、
「まだ日本語は勉強中なんだ」
残りは日本語だった。隣のシンが目を丸くして何かをぼやいたあと、彼のことを食い入るように見つめていた。それがさらに私の恐怖を煽るので、耐えきれずにシンのスーツの裾を掴んだら、そっと頭を撫でられた。
それに彼がちょっとむっとする。(これはまるで……)
「若様が勉強机にかじりついてるとこなんて想像できねえな」
「……彼に、皮肉の一つでも言ってやろうと思ってね」
彼は笑った。初めて色のある瞳で笑った。あ、と思った。
隣のシンがとても痛々しい顔をしたからだ。私は婚約者として顔見せに来たはずなのに、何故だかとっても居た堪れなくて、早くこの場を去りたい一心で初めて声を出した。
「シン、紹介して」
シンにはなぜ私がこんな怒ったような、悲しいような、切ないような、そういう声を出しているのか判らなかったのだろう。少し困った顔をしてから、すぐに私の背を押した。私が一歩前に出ると彼は近くのソファーに腰掛けた。
「これ、俺の婚約者。アキラ・イベ」
ふーん、と言った後彼は腕を組んでふんと鼻で笑った。
「”イベ”、ね」
「……わかってるくせにそうやって言うのはあんたの悪い癖だぜ」
私は一刻も早く彼の前から消えたくて、ぐっと頭を下げるとがばっと起き上がって、覚えたての中国語で自己紹介をした。
「暁です。どうぞよろしくお願いします」
私にはこれが精いっぱいだった。そして、ちょっと噛んだ。
彼は笑わなかった。ただ、悲しい顔をして、言った。
「シンを宜しく頼むよ。こいつはこんななりでとってもやんちゃだからね」
その瞬間私の中での恐怖心は一気に消えてなくなった。彼に対して怯えていたのはシンを取られてしまうかもしれないと言う恐怖心だったと言う事に気がついたのだ。そして、そんな彼を見つめるシンを見て、私は何かを悟った気になった。

車を駐車場に止めてから、自宅まで少しの道のりを二人は並び歩いた。
私は明るく輝く星を眺めることはせず、ずっとアスファルトの模様を目で追っていた。何も言わない私に決まり悪そうに先程からシンは話しかけてくるのだが、うんとかあーとか適当な相槌でごまかしていた。
「なあ暁。言いたいことがあるなら言ってくれ」
業を煮やしたシンが、少し怒気を孕んだ声でそう言った。
横からぐいっと顔をあげて私はシンを見つめた。シンの瞳は、ちっとも彼には似ていない。なのに彼に会ってから、(私はシンの中に彼ばかりみつけてしまう)。
「シンの一番は、月龍さんなんだね」
それは当然のことだ、と思う自分と、私はこれから彼と結婚するのに信じられないと思うと自分と。
とっても綺麗な人だった。女性だと言っても通るだろうその美貌。何もかもが自分と正反対の男性に、私は驚くことに嫉妬していた。そして彼も。しかし、シンの顔を見れば勝敗など一目瞭然なのだ。
あんな綺麗な人も、いつか死ぬ。きっと、私やシンよりもずっと早く。
だけど彼は決して忘れ去られたりしない。永遠に。
「俺の一番はお前だよ」
シンにその自覚はない。私は嘘だと言う気にもなれず、せめていっぱいの慈愛に満ちた笑顔をシンに向けた。

星がらんらんと輝いている。
作品名:あなたは気づかない 作家名:しょうこ