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これでおしまい

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ガイ。

不安げに揺れる声。自分の名前ではあるけれど、ガイは他人事のようにゆっくりと視線を動かした。
この声は聞いたことがある。記憶の奥から引っ張り出して、思い出す。ああ、たしか、
「ティア?」
ガイはゆったりと笑みを浮かべた。眼に光はまだ映るけれど、もうほとんどが使い物にはならない。曖昧な色彩だけを映しては時折光を失う。それでもなんら恐怖はなかった。
気配が少し揺れる。そうして、部屋の入り口でメイドであろう声が聞こえた後、ガイラルディア様、と慣れた様子の足音がガイの耳に聞こえ、どうした、と静かに問う。
「お客様ですよ。お声で分かりましたか?」
楽しそうに控えめに笑うメイドの声にガイは浮かべたままの笑みを少し深くした。合ってたか、とガイが訊くのに、メイドは穏やかに肯定し、入り口に佇む女性―――ティアを促がした。
あまりにも近い位置でガイに話すメイドに、女性恐怖症は、と聞こうとしたティアの手を優しく持って引かれる。戸惑いながら、導かれるままにティアはとてもガイに近い位置に連れていかれ、そこでメイドの手が離れた。
「彼女になにか頼む」
「承りました」
不安げな表情をするティアにメイドは、ごゆっくりしていってください、と笑顔のまま言うと、静かに部屋を後にした。
残されたティアは、ガイに向き直って寂しそうな顔をした。それをガイは気づくことが出来ない。ただゆるやかに、ようこそガルディオス邸へ、とあの日のままの心地いい声で笑った。
ティアはどうしようもない想いの行き場を探しながら、ガイの焦点の合わない眼を見つめ、笑みを作る。
「突然ごめんなさい。大佐から、手紙をもらって」
「ああ、いいよ。わざわざ遠い所から、ありがとう」
「そんなこと、ないわ」
ティアは頭を振る。見ている限り、何一つ変わらないガイに少し頭が混乱するのを止められない。視力はもうほとんどない、とジェイドからの手紙に書かれていたので、知っているけれど。他に、なにが彼を蝕んでいるのか、ティアには分からなかった。
「……ガイ。本当に、眼は、」
「ああ。見えないよ」
色はかろうじで判るんだけどなぁ。苦笑するその姿さえ、何も変わらない。なのにティアは胸の心臓を鷲掴みにされたようにぎゅっと痛んで、大きく息を吸い込んだ。
だめだだめだ。ティアは思考の端で何度もそう繰り返す。いけない、笑わなくちゃ。
そんなティアを他所にガイは、何かを思い出したように、ああ、とティアを手招きする。平常心を保ってみせるティアは、なに、と小さく微笑んだ。これ以上近づいても大丈夫なのだろうか、と半歩進めると突然ガイはティアに向かって手を伸ばした。
「っ!」
咄嗟に身を引いたのはティアの方だった。息を止めて、その宙に浮いたままのガイの手を見つめる。ガイは、悪い驚かせたかな、と苦く笑い、手をベットへと戻した。なにがしたかったのかよく分からなかったティアは、ごめんなさい、と侘び、それから首を傾げた。
「触れても、大丈夫なの?」
「……ああ。眼が見えなくなってからなんだが、不思議と触れられるようになってね」
皮肉なことだよ、と肩を竦める仕草も、ティアには見慣れたものだった。
微風で揺れる金髪を眩しいと思いながら、そう、と呟く。本当に皮肉だと思った。彼はやがて色を失くして光を失う。
“彼”が守った世界を拒絶するのだ。どうして、なんで、どうして。
ティアは無意識の内に手のひらを力いっぱい握り締めた。

「そうして、世界を閉じてゆくつもりなのね」

思ったより低く唸った声。これは怒りなのか、悲しみなのか。ティアには自分の感情であるのに判断しかねた。
ただガイは虚ろな目をティアに向け、静かに笑みを浮かべるだけで。それにティアは胸が締め付けられるのを我慢しながら、叫ぶように口を開いた。
「そうして、彼の守った世界を拒絶するのね! どうして生きようとしないの! なんで生きることを放棄しようとするのよ! どうして!」
「ティア」
「どうして、」
「ティア」
「……どう、して……」
力いっぱい握り締められていたティアの手に、ガイの手が添えられた。手探りで、何度か掠めると、しっかりと触れた手。その突然のことに、ティアはぼろぼろと流れる涙を拭うのも忘れてガイを見つめる。
穏やかな声でガイはティアを呼ぶ。そういえば、こんな声でガイはいつもルークを呼んでいた。
それでもそこには比べ物にならないくらいの、たくさんの想いがあったのを感じていたのに。
分かっていたのに。
「ティア。俺は、今でもルークに世界を選ばしたことは、間違っちゃいないとおもってる」
ひとつずつ、噛み締めるようにガイは言葉を紡ぐ。
そうだ。それはそうでなくてはいけなかったことだ、とティアはぼろぼろ泣きながら頷いた。
選択を与えてあげられなかったのは自分たちの、我侭だった。生きてほしいと願った。それでも世界を選んでくれと、死んでくれと(帰ってきて、と約束を)言った。
我侭だった。全部、自分たちの我侭だった。
それに、それでも“彼”は笑って、答えた。

(約束、な。)

ティアの溢れて止まらない涙を手探りで拭われる。本当に皮肉だ、とティアは泣く。
どうして今更私の涙を拭うの、どうしてあの時、彼の涙を流して拭ってやらなかったの、と。
ガイはゆっくりと言葉を続ける。もう、今のティアには視界が滲んで彼の表情をうまく見れなかった。
「ルークは俺たちの、業だ。それで世界は続いた。俺は、それでもういいんだ。もう、じゅうぶん、なんだ」
なにも間違っちゃいないんだよ。
涙で見えないはずなのに、柔らかく微笑まれた気がして、ティアはついに我慢していた嗚咽を小さくこぼした。

どうして笑うの、どうして、生きてくれないの。

たくさんの言いたいことが嗚咽となってこぼれてゆく。感情は、怒りなのか悲しみなのか、やはり分からなかった。(あの日の気持ちと、とてもよく似ている)
それでも涙は出てゆく。それを止めることが出来ずに、握られたあたたかな手を拒絶できずに。
たくさん、たくさん。
ティアは泣いた。


作品名:これでおしまい 作家名:水乃