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ネオンを背に

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いつものようにスイクンを追って旅をしているときのことだった。もう日はとうに暮れている。
たまには野宿ではなくホテルに泊まるか、とミナキはクチバシティの海沿いにあるホテルに泊まった。
「やはりホテルは違うな」
手持ちポケモンをモンスターボールから出して、自身もベッドの上に寝転がる。
マルマインはカーペットの上でごろごろしているし――此処で爆発だけはやめて欲しい――スリーパーとゴーストは窓から見える夜景に感動しているのか、きゃっきゃっ騒いでいた。

突然マントを引っ張られて、ミナキは思わず声を上げる。
「わっ、どうした?ゴースト……ああ、私にも見て欲しいのか。確かに綺麗な夜景だな」
今日は確かアクア号がジョウトへ出港する日だ。きらきらと街のネオンと、港の光が海に反射して美しい。
故郷には海が無いので、昔から何となくクチバシティは憧れの存在だった。其処に、一人で泊まるくらいいつの間にか大人になっていたのだと実感する。


ぼんやり海を眺めていると、ときどき赤く光る物体が見えた。ヒトデマンが発光しているのかも知れない。
アサギシティも夜はヒトデマンが現れると聞くから、クチバシティに彼らがいても何もおかしなことは無いのだが。
「……アサギ、か」
滅多なことではエンジュシティから出ないあの男のことを思い出す。まだスイクンを追いかけ始めた頃に出会った彼を、エンジュシティの外に連れ出そうとして怒られたのがつい昨日のことのようだと、ミナキは息を吐きながら瞳を閉じる。
もう10年程経つだろうか。

彼――マツバは時が経ってもエンジュの外へ出ようとした節は無かった。スイクンを追って旅をするミナキとは正反対である。
ひたすら、ホウオウを待っている。追うのがいいのか、待つのがいいのか、今のミナキには分からない。
ただ、マツバのやり方を自分が出来るかと言われれば首を振るだろう。残念ながら、そんな忍耐は持ち合わせていない。
僕はジムリーダーだから、とマツバはいつも言うが、それは言い訳にすぎないとミナキは思う。尤も、本人を前にそんなことを言う勇気はこれっぽっちも持ち合わせていないが。


「懐かしいな」
最近は少しだけエンジュの外に出るようにもなったみたいだけれど、昔はまるで“エンジュシティに囚われている”のではと思った程だ。
マツバの世界は、エンジュシティだけだった。
なまじっか何でも揃っていたから、彼はそれを不便に感じなかったらしい。
ミナキの故郷も何でも揃っているが、それでも外へ出たい、旅をしたいと常に思っていた。だから、未だにマツバの気持ちは分からない。
ゴーストがベッドに座るミナキを見て不思議そうな表情を浮かべる。
確か、まだ彼が仲間になる前だったなあとミナキは思いを数年前に馳せた。


***


「久しぶり、マツバ」
スイクンの文献を読み、現地を見るためにエンジュシティに少し滞在することになったミナキは友人であるマツバの家へ立ち寄った。
「ミナキくん!久しぶりだね、どうしたの?」
「学会の発表で、ある博士がスイクンについて述べると聞いて。傍聴しようと思って、足を運んだのさ」
へえ、そうなんだとマツバは嬉しそうに笑う。
いつまで滞在しているの、という問いはいつものことだ。
「学会が終わればすぐにまた出るさ、明後日の船のチケットを取ってしまったから」
「カントーに帰るのかい?」
ふわふわとゴースたちが集まってくる。死に至るガスのはずなのに、マツバを慕うゴースたちに近づいても平気なのはミナキにとって最近一番の謎だ。
「ああ、まだ子どもだからな。たまには帰って来いと怒られてしまった」
「そっか。心配させる訳にはいかないものね」
マツバは、入りなよとミナキを招く。お言葉に甘えて、そのままミナキは靴を脱いだ。


「ねえねえ、エンジュに来る前は何処を旅していたの?」
こたつに入って、籠に入っているミカンを剥きながらマツバが尋ねる。
マツバはミナキの話を聞くのが大好きだった。だから、この話題はミナキがエンジュに来たときの定番となっている。

「フスベの方まで足を運んでみた。あまりに寒くて、死にそうになったけれど」
へぇー、とマツバは瞳をきらきらさせながら話の続きをねだった。
「チョウジからフスベに行く途中に抜け道があるのだけれど、其処で初めてデリバードを見た」
「デリバードって、あの、サンタさんみたいなやつ?」
そうそう、と頷くとマツバは興奮気味に声を上げた。どうやら、あのフォルムが好きらしい。
「プレゼントってわざ持っているんでしょう?可愛いなあ」
デリバードに思いを馳せているマツバを見ると、まさか自分がプレゼントを食らって滑って転びそうになったことなど言えるはずもない。

「一度、見に行ってみるといい」
この言葉は何度言っただろうか。そしてその度に、
「僕はジムリーダーになる男だからだめなんだ」
と言われるのも、恒例だ。
「見に行きたいのはやまやまなんだけどね」
ミカンを口に含みながら、マツバはぼんやり呟く。
「もっと僕が子どもの頃は、外に出たいなと思ったときもあったけれど。今はミナキくんが、僕の代わりに世界を見て、教えてくれるから、良いんだ」
自分で見たいとは思わないのか、と問えばそれは僕にとってはおこがましいことなんだよ、と返される。
ジムリーダーとは、思った以上に窮屈な仕事らしい。


「ミナキくん、もっとお話して?」
ミナキが旅をする度に、マツバの世界は広がってゆく。
ミナキの世界はマツバの世界でもあるのだ。だから、旅をやめることは出来ない。
「ああ、じゃあ……あ、チョウジに行ったついでにいかりまんじゅうも食べた」
「わー!いいなー、いかりまんじゅう、僕好きなんだ。たまにお寺に置いてある」
他愛もない話でもマツバは嬉しそうにしてくれるから。
きっとエンジュシティから連れ出したらもっと喜んでくれるんじゃないか、と。
まだ子どもだったミナキは、そんな単純なことを考えて。
――それが、マツバとの仲を揺るがす一大事に発展するなんてこのときは分からなかった。


***


「……良く、また会えるようになったものだ」
記憶から抹消しかけていた出来事まで思い出し、ミナキは頭を抱える。
ゴーストたちが眠そうな顔をしながら話を聞いているのに気付くと、ミナキはモンスターボールに彼らをしまう。
「また明日話をしよう、おやすみ」
テーブルの上にボールを3つ置く。鞄の中に入れていたポケギアが音を鳴らした。
「マツバ?」
「ミナキくん、起きてた?」
「……ああ、昔のことを思い出していた」
そうなんだ、と明るく答えるマツバが言葉を続ける。
「僕、今初めてリニアに乗ってね。ミナキくん、昨日クチバシティに向かうって言っていたから……クチバまで来ちゃった」

良くも悪くも、マツバは成長したようだ。
ミナキは分かった、迎えに行くと答えながら脱いだばかりのマントを再び羽織る。
今夜は久しぶりに昔話でもしようか。マツバはどんな表情を浮かべるだろう。


作品名:ネオンを背に 作家名:ひらめ