墓を作る人
ケイトが訪れたのは入り込んだ小さな浜辺。この島の住人でも知らないような秘密めいた場所。事実、幼い頃此処は秘密の遊び場だった。今は時おり訪れるだけで流石に遊びはしない。しかし、今目の前で幼い子どものように砂場に座り込んで一心に何かを作っている少年がいる。
ツナシ・タクト。クラスメイトで、敵である少年。
人を惹き付ける大きな眼がくるりとケイトに向けられ、人好きのする笑みを浮かべる。
「お墓をね、作ってるんだ」
両手で包むように腕で囲まれた石塔。大きさはないものの、一つ一つの石が丁寧に積まれていた。そして、墓を作っているというのに、タクトの顔はひどく穏やかだった。
「誰か亡くなったの?」
「これが出来たら、死ぬんだ」
生前葬、というものだろうか。それにしてはこの石塔が出来たら死ぬというのでは死までの時間が短い気がするが。
「亡くなるのなら、傍についていなくていいの?」
「いいんだ。もう、はなさなきゃいけないから」
まるで今まで独占していたような言い方だ。短く、そして決して親しいとはいえない間柄だが、彼には似合わない物言いだと思う。
(付き合いの長短や、深い浅いで、人を理解することなんかできはしないだろうけれど)
どんなに長く傍にいても、奥底を知ることが出来ない人物がいる。
それは目の前で石塔を積み上げる紅い彼と対を成すような、深青の髪をした人。
(いや、違う。彼はわかりやすい)
彼の奥底にあるのはいつだって大切な婚約者。それはずっとずっと昔から分かっていることだ。
彼女を守るための手段はいくら複雑でも、『彼女を守る』それだけは絶対に変わらないものなのだから。
「誰が死ぬの?」
「ぼく」
風が一陣吹いた。長い髪が彼との間を横切る。
「これは僕のための墓なんだよ。表に出してはいけない僕なんだ。だから、ここに埋葬する」
決してこちらを見ることなく、歌うように囁いてまた一つ石を手に取る。
(分からなくもない、感情だ)
ケイトはそっと目を閉じる。瞼の裏側まで穏やかな日差しが入ってくる。その中に浮かぶのは、在りし日の幼い自分だ。
(彼と同じくらい、あの子が好きだった自分だ)
自分とは違う、くりくりとした大きな眼が可愛かった。一緒に歌うのも楽しかった。おままごともお絵かきも何だって一緒にやって、いつも笑いあっていた。
(ずっと昔に『埋葬』した自分だ)
もう、あの頃のような暖かな気持ちは深い場所に埋まっていて、今は鋭利な気持ちしかもっていない。
(それに後悔したことは無いけれど。でも―――)
そっと眼を開けば、完成したのか彼はその手を止めて愛おしそうに出来上がった墓を見ている。
「できたの?」
「うん」
「じゃあ死んだのね」
「うん」
今、目の前で一人死んだ。生まれて伝えられることなく死んだ。亡骸はどこにもない。いや、彼そのものがもしかしたら亡骸なのかもしれない。
「安らかな眠りを」
そっと呟けば、タクトは小さく笑った。
「ありがと」
自分だけが知っている、一人の死。この場所に悲しみは無く、あるのはただただ穏やかな日差しだけ。
「委員長、ありがとう。付き合ってくれて」
「別に。勝手に見ていただけだから」
「それでも、ありがとう」
笑って言われるお礼に、こちらも小さく笑みを返す。
「僕、そろそろ行くね」
「そう。それじゃあ」
「それじゃあ。また、学校で」
不安定な岩場をよろけることなく歩いていく後ろ姿を見送る。その紅い髪が完全に見えなくなり、波の音だけがその空間を占めるまで見つめてから、彼が作った墓に向き直る。
「でも、どんなに深い場所に埋めたって、お墓を作ったって、何度だって蘇るものよ」
自分で殺した気持ちは。
丁寧に重ねられた石塔をそっと指で押せば、あっけなく崩れた。