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そんな事でも楽しいんです

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 ぼやっとした意識から緩やかに覚醒する。時計を見ると、既に夕方と言っても良い時刻になっていた。ソファの上で座ったまま昼寝、というには眠り過ぎてしまったようだ。

「クレスさん?」

 すぐ耳元で細い声が聞こえた。幾分小さめのその声は、寝起きの自分を気遣っているらしい。
 お目覚めですか? というように微笑むミント。彼女との距離、つまり物的距離はとても近い。いい加減この距離感に慣れてはいるものの、彼女に寄りかかるようにして眠っていた事実は少し驚いてしまった。

「……いつの間にか寝てた」
「そうですね。お昼を食べ終わってから、ずっと眠たそうにしてましたし」

 言われてみれば意識が完全に途切れる前の記憶も曖昧で、ミントが話しかけてくれる言葉の一つ一つにいい加減な相槌しか打っていなかったような気がする。生きていく上で睡眠は必須であるが、せっかくの休日を恋人と過ごしながらも眠ってしまうなど、もったいない事をしてしまった。

「ごめん。重たかっただろうし、退屈させちゃったかな」
「平気ですよ。この本を読んでましたし、それに」

 ぱたりと本を閉じて、ミントがクレスを見上げた。嬉しそうな顔だ。何がそんなに彼女を喜ばせているのだろうとぼんやり思っていると。

「クレスさんの寝顔を沢山見られましたから。ちっとも退屈ではありませんでした」

 ごく自然にそう言ったミントは、持っていた本を机に置いて「お夕飯の準備して来ますね」と立ち上がった。台所へと消えていくミントの後姿を見ながら、クレスは改めてソファの背凭れに脱力した。
 彼女のあの口調から察するに、存分に楽しんだらしいのが窺える。それは、とてもズルい。

(僕だってミントの寝顔を沢山見たい)

 仕方が無いとはいえ何となく悔しくなってきたクレスは、よいしょと立ち上がってミントの後を追った。こちらは寝顔を思い切り観察されたのだ。その仕返し、とまでは行かなくとも、料理姿を観察するくらい、どうこう言われるものでもないだろう。
作品名:そんな事でも楽しいんです 作家名:柿本