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その感情のなまえ

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愛された記憶なんてない。



物心ついたときから両親の仲と家庭は既に崩壊していたし、借金を背負わされた一家と優しく接してくれるような親戚なんていなかった。

『偉くなって人を見返してやれ。』が口癖だった母親。
惨めな姿を晒す父親。
力こそがすべて。
でなければ俺もああなる。
毎日そう言われているような気がしていた。俺は絶対にあんな風にはならないと幼いながらにそう決めたことを覚えている。

のし上がるためならなんだってしたし、何でも出来た。
好意も悪意もすべて利用してやった。罪悪感なんかこれっぽちも感じたことなんかない。
力以外など不必要の産物で愛なんて以っての外。
今までもこれから俺の在り方は変わらない。

そう思っていたのに……











「ふーどう?」

突然、視界いっぱいに広がる顔に驚いて体を震わせるがそんなことはおくびにも出さず、無遠慮にも覗き込んできた者の額を叩く。
痛いと抗議をあげる声を無視してそれまで横になっていた草の上から起き上がる。

「何か用か?円堂ちゃん。」
「ん…別に用なんかないぜ。用がなけりゃ探しちゃいけないのか?」

不思議そうにこてんと首を傾げる円堂に言いようのない感覚が沸き起こる。
のし上がるための存在だった筈の奴がどこをどう間違ったのか今や自分の恋人という位置にいるなどとは。
しかも競争率がハンパない自チームのキャプテン。
世の中とはわからない。
今日までに起こった出来事を思い出して自嘲気味に唇が弧を描く。

「不動何か変なこと考えてるだろ。」

当たり前のように隣に腰を降ろしていた円堂がこちらを見て唇を尖らせていた。

「あぁ?どうしてそう思うんだ。」
「何か企んでる時の笑い方してた。」
「わかんの?」
「わかるよ。だって俺不動が好きでいつも見てるから。」

思わずポーカーフェイスを崩して隣を見れば耳まで真っ赤にして体育座りした膝に顔を埋める円堂の姿。



愛された記憶なんかないから愛がどういうものかなんてわからない。
愛し方も知らない。
だがしかし、今この胸のうちに巣喰うどうしようもない感情が恋で目茶苦茶にしてしまいたい衝動が愛だとしたら満更、悪くはないと思うのだ。








(なあ、円堂ちゃん顔あげろよ。)
(やだっ!)
(俺いますっげえチューしたいんだけど。しかも激しいやつ。)
(///っ!)

作品名:その感情のなまえ 作家名:瑠伽