口元に象られた笑み
一週間毎日のように姿を見せたかと思えば、一ヶ月姿を見せない事もあった。それは彼の情報屋という職業故なのだろう。
だから帝人は臨也が唐突に姿を見せても驚かなくなっていた。
そしてそれは今日も変わる事はなく。帝人は自宅アパートの部屋の前に立っていた臨也に対し、平然と「お久し振りです、臨也さん」と声を掛けた。
確か最後に会ったのは三月下旬だった。
もっと言えば、それは帝人の誕生日当日だった。
帝人がそんな事を考えていたら、目の前に白い箱を突き付けられる。
「はいこれ」
そう言われて思わずその箱を受け取ってしまった。
帝人は臨也の顔を見て、それから箱に視線を移す。箱に貼られたシールには帝人でも知っているような有名なケーキ屋の名前が印字されている。大きさからいってケーキが丸々ワンホール入っているのだろう。
ケーキの箱から臨也に視線を戻した帝人は首を傾げながら口を開いた。
「ホワイトデーも誕生日ももうとっくに過ぎましたけど…」
「知ってるよ。そもそもホワイトデーも誕生日もちゃんとプレゼントあげたじゃないか」
「まぁ…」
臨也の言う通りホワイトデーも誕生日もしっかりプレゼントは貰っている。因みにホワイトデーに貰ったお返しは臨也お手製のスイーツだった。
臨也が料理だけでなくお菓子作りも上手いのだという事は、帝人の胃袋がよく知っている。何度かごちそうになった事があったからだ。
眉目秀麗で、運動神経も良くて、金持ちで、尚且つ料理も作れる。これで性格も完璧だったら世の女性達が放っておかなかっただろう。
しかし、そんな臨也は平凡で尚且つ同性である帝人を好きだという。
バレンタインだってそうだ。バレンタイン前から毎日のように「バレンタインはチョコちょうだいね」とねだってきて、あまりにしつこかったので仕方なしに板チョコをあげたら大層喜ばれた。何の手も加えていない、包装すらしていない板チョコでそこまで喜ばれて逆に申し訳なくなったくらいだ。
しかも臨也は臨也で帝人に手作りのチョコを用意していた。
だから結局ホワイトデーは帝人も用意したのだが、バレンタインに引き続き臨也の用意した手作りのお返しと帝人の用意した既製品のお返しはとても釣り合いの取れた物ではなかった。
それでも臨也はやはり嬉しそうに笑っていた。折原臨也らしかぬ笑みだとそう帝人は思ったものだ。
そこまで考えた上で帝人はもう一度手の中の箱に目を向けた。
「じゃあ、これは何なんですか?」
「別に。深い意味はないよ。帝人君の家に行こうとしている最中に寄って、買ってきただけ」
「はぁ…」
そう臨也は言うけれど、このケーキは帝人の記憶が確かなら帝人の家とは反対方向に行かなければ買えなかった筈だ。それなのに最中に寄るという表現は可笑しい。
そんな帝人の様子に気付いたのか、はたまた最初からそのつもりだったのか、帝人がそれを指摘する前に臨也の方から種明かしがされた。
「まあ、強いて言うなら一昨日が俺と帝人君の真ん中バースデーだったからかな」
「真ん中バースデー、ですか?」
「そ。真ん中バースデー。知ってる?」
「まあ、聞いた事くらいはありますけど…」
しかし、臨也がそんなものを祝う事が、そもそも自分達の真ん中バースデーを知っている事自体がしっくり来ない。
というよりも似合わないだろう。カレンダーを見て数えたりするなんて。女じゃあるまいし。
そう帝人が考えている事が表情に出ていたのか、臨也は「何か文句ある?」と笑顔で言う。笑顔なのに目が笑っておらず、帝人は慌てて首を横に振った。
「いえ、何も! でも、ひとつ質問してもいいですか?」
「…いいよ」
「何で一昨日来なかったんですか?」
一昨日が真ん中バースデーだったというなら何故今日来たのか。それが帝人には解らなかった。
臨也は自分がしたい時に自分のしたい事をする人間だ。
それなのに何故、と。
そうすると臨也は嫌悪感を露にした表情をする。それだけで大体の見当がついてしまった。
「俺だってほんとは一昨日の内に来たかったんだよ。なのに仕事は忙しいし、仕事終わって池袋来て、ケーキ買おうと思ったらシズちゃんと出くわすし」
「……ご愁傷様です…?」
その言葉が臨也に向けた言葉なのか、静雄に向けられた言葉なのかは帝人にも解らなかった。
だがしかし、帝人の予定などお構いなしにやって来る臨也がその後で帝人の家に来なかったというのはつまり――――
「臨也さん、ひょっとして静雄さんとやり合って怪我したんですか?」
多分帝人のこの推測は当たっているだろう。
静雄とやり合って一昨日の間に来れなかったのだとしても、昨日来ればいいのだ。
それなのに昨日も帝人の元へ来ないで今日来たという事はつまり、結構酷い怪我だったのではないか。そう帝人は思ったのだ。
そして、帝人の推測通り臨也は「大した事ないよ」と笑いながら言った。
臨也の大した事ないという言葉が信用出来ない事は帝人がよく知っている。
以前、同じように大した事ないよと臨也が言ったから、本当に大した事などないのだろうと思っていたら実際は安静にしていなければならない怪我だった事を後に帝人は知ったのだから。
しかし、だからといってそう指摘したところで臨也は否定して、そうして満足するまで帝人の家に居座るのだろう。だったらさっさと部屋に上げて安静とまではいかなくても、ゆっくりさせた方がいい。
そう思ったから帝人は手の中の白い箱を臨也に押し付ける。
「鍵開けるので持っててください。それと、こんな大きいケーキ一人じゃ食べきれないので食べ終わるまでちゃんと責任持ってくださいね」
そう言って臨也に背を向けた帝人は部屋の鍵を取り出す。後ろで臨也が何か言っていたが、帝人は決して振り向かなかった。
けれど、その口元には確かに笑みが象られていた。
二人が付き合うようになるまで、あと――――