のどかな午後
目の前のテーブルにコーヒーを置いた越前の表情は、お世辞にも愛想のいい表情とは言えない。
「ありがとう」
お礼を言うと「別に」という返事が返ってくる。
知らない人が見たら、不機嫌だと勘違いしかねない、そんな表情。
怒ってないと分かるようになったのは、つい最近の事。
結構、貴重な越前の笑顔を見れるようになったのも、つい最近のような気がする。
「ミルクと砂糖は?」
「いらない」
「ふーん」
そう言って自分のカップに、二人分の砂糖とミルクを入れてしまう越前。
「入れすぎじゃない?」
思わず口にした私を気にする風もなく、越前はコーヒーを口にする。
「上手いけど」
「そう……」
身体を壊さなきゃいいけどと、余計な心配をしつつ、私もコーヒーを口にする。
昼食が終わり、日差しのあたる窓際で外を見ていた。
時々、一人になりたいと思う時がある。
様々な学校から選手達が集まっている合宿でそれを望むのは難しい。
それでも、何も考えないですむ時間が欲しい。
隣りにいても、そんな時間を壊さずにいてくれる越前。
しばらく、同じように窓の外を見て、暖かな日差しを浴びていた。
そろそろ練習に行こうかと、隣りへと視線を向けると、寝てしまっている越前が目に入った。
「越前、練習遅れるよ」
軽く揺すっても起きない。
放っておくわけにもいかないかと、ため息をついてから深呼吸。
「越前、起きないか!」
途端に飛び起きた越前。
周りをキョロキョロと見渡している越前は、声の主を探していた。
「似てた?」
意地悪な笑みを向けると、今度こそは不機嫌そうな表情を向けてきた。
「へぇ〜、手塚さんのモノマネなんて出来るんだ?」
「まあね」
前を歩く越前。彼に付いて、練習場へと向かう。
足早に歩いていく越前。
その背を、追いかける。
「手塚さんのモノマネ」
「ん?」
急に立ち止まった越前。
振り向いた越前の表情からは、感情が読み取れない。
「二度とやらないで」
「なんで?心臓に悪い?」
帽子のつばを触りながら、越前は告げる。
「むかつく」
その一言だけを、口にした。
こんな表情もするんだ。
そんな言葉が頭を過ぎる。
目を合わせられずにいる越前を通り過ぎ、今度は私が前を行く。
「今は無理」
それだけを告げ、前を行く。
無理だよ。
もう一度、心の中で呟いた。
言動が真似出来るくらい見入ってしまう。
そんな魅力が、手塚さんにはある。
「越前も、見せてよ。手塚さんのプレーが霞むくらいのテニス」
そう言って、笑顔をむければ、越前の負けず嫌いの虫が騒いだらしい。
「いいよ」
簡単に答えた越前。
彼なら本当にやれそうな気がした。
「私も負けてられないな」
思わず呟けば、憎たらしいくらいの返答が返って来る。
それに言い返しながら、私たちは練習場へと向かった。