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15年先の君へ

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その12




朝起きると昨日の熱が嘘のように引いていて、ほんとに寝たら治ったと臨也に笑われた。やはりあれは風邪などではなかったらしい。
原因不明な発熱だったが済んだことなのでどうでもよく、俺は特に追求せずにいたのだが、朝風呂に入ろうとしたところで顔を会わせた女将に具合はどうかと訊ねられた。どうやら知られていたらしく、何ともバツが悪かった。
朝食を食べ終わると、そのまま臨也に散歩に行かないかと問われ、ほぼ反射的に頷いた。元々旅行と言っても俺は行き先を知らなかったし、特にやりたいこともない。強いて言うならば、こいつの好きなようにさせてやりたかった。
散歩と口にしたように主だった観光名所を回るわけでもなく、ただぶらりと出歩くだけである。海は昨日行ったからと、俺たちは田んぼの中の畦道や、ちょっとした山道を当てもなく彷徨った。俺はこの辺りの地理にはてんで詳しくないのだが、臨也はそうでもないようで気ままに歩みを進めていく。
稲穂が垂れる水田の上を、無数の赤とんぼが飛んでいる。草を踏めば小さな虫がぴょんと跳ね、木々からはアブラゼミやツクツクホーシの鳴き声が絶え間なく響き渡り、見上げた空は目も冴えるような青で、白い鱗雲がいくつも並んでいた。
夏から秋へと移り変わる、いい季節だ。歩いているとじわりと汗をかいてくるのだが、時折吹き込む風が心地良く身体を冷やしてくれる。田舎だからか何なのか、これだけ歩いていても出会う人の数は決して多くはなかった。
俺と臨也はこの景色に随分馴染んでいないのだろう。俺はともかく、隣に立つ男はあのサングラスは止めたものの、相変わらず真っ黒なコートに身を包んでいる。都会育ちのこんな俺だが、名前のごとく静かに生きたいと願うのは小さい頃からの夢だ。

「ジジイになったら、こういうとこに住みてぇな」

俺がぽつりと零した言葉に、それまで淀みなく口を動かしていた臨也がじっと俺を見た。
驚いたようなその視線に耐えかね、なんだと零せば、臨也は小さく笑って答える。

「いや、シズちゃんてほんと田舎が好きだよね。未来の君もおんなじこと言ってた」

返された言葉に、あぁそうかよと投げやりな返事をする。訊かなきゃよかったか。複雑な心中のまま、俺は辺りの景色を見渡した。
もしかして未来の俺はこいつとここに来たことがあるのだろうか。果たして十五年後のここがどうなっているのか見当もつかないが、きっとこのまま自然が残っているのだろう。

「…そういや、」

ふと今まで疑問にも思わなかった疑問が沸き起こった。こいつと出会ってしばらく経つが、何故この問いかけをしなかったのか不思議に思ったほど。

「未来の俺って、どうなってんだ?」

臨也はしばらく口を噤む。質問の意図を決めかねたようで、未来の君が何してるかってこと?と質問で返してきた。

「まぁ、そんなとこか?」
「うーん。端的に言うなら、いっつもバーテン服着て、上司の田中トムと部下にロシア人美女を引き連れて、借金の取立てしてる」
「……は?」

俺はどこから突っ込むべきか迷った。もしかしてこれはこいつお得意の法螺か。
だがしかし、こいつが今まで俺に嘘をついたことはないし、冗談を言ってるようにも見えない。とにかく俺は頭に残った人物について訊いた。

「田中トムって、あれか?トムさんか?」
「彼以外にそうそうこんな名前の人なんていないでしょ。君は中学のときの先輩って言ってたけど」
「あぁ、まぁ。いろいろ世話ンなったんだよ」

それにしてもトムさんかぁ、と懐かしい顔を思い浮かべる。思えばこの髪色にしたのは彼の言葉によるものだ。まさか未来でまで世話になっているとは思わなかった。

「ま、言っとくけど君は『池袋最強の男』とか『絶対に喧嘩を売ってはいけない人間』とか言われてちょっとした都市伝説になってるから」
「はぁ?」

意味のわからない言葉に眉を寄せれば、臨也はくすりと笑った。

「未来のことについて、いろいろ教えてあげようか?」

そんなこと、今の俺が聞いていいのか躊躇いはしたが、どうせ暇なので素直に頷くことにした。未来を知ったところで、必ずしもそうなるとは限らないだろう。占いか何かだと思って耳を傾けた。
どうやら未来の俺は相当な化け物扱いされているらしい。自分だってこの性格と力は異常だと思っているので、当然なのかも知れない。それよりも、自分やセルティたちを取り巻くいろいろな非現実的な出来事の方に驚いた。
特に度肝を抜いたのが、あの幽が俳優としてデビューし、お茶の間を賑わせているということだった。
別に俳優業が駄目だと言うわけではなく、あまりに世界が違いすぎて、ただ単に幽と芸能界がイコールで結びつかないだけなのだ。
のどかな道を歩きながら、情報を操るこいつらしく様々な人や事件が次から次へと口から飛び出してきた。だがこいつ自身のことに関しては、ほとんど口にしていない。焦れた俺は、思い切って切り出してみた。

「未来の手前はどうなってんだよ?」
「俺?俺はここに居るじゃん」
「そうじゃねぇ」
「あぁ、わかってるよ。素敵で無敵な情報屋を営んでいるさ」

酷く詰まらなさそうに口を開く。こいつの情報屋は趣味でやってるんじゃなかったのかと不思議に思うも、どうやら臨也はそれ以上話すつもりはないようで、さっさと話題を変えてしまった。
なんとなく訊ねるタイミングを逃した俺は、黙って臨也の話を聞いていた。
もうひとつ、こいつが口にしていないことがある。まぁそれは、もう俺には関係のないことなのだが。
夫婦だという俺たちの関係については、とうとう最後まで話題に上らなかった。


作品名:15年先の君へ 作家名:ハゼロ