習作2
失敗した、と思った。
有無を言わさず組まされたコンビ相手の目がすっと細められ、青い目が氷のような剣呑さを帯びる。
今までの言い争いも全て無かったコトのように背を向けられて、虎徹の体が反射で動いた。肩をつかんで強引に振り向かせると、淡い色の髪が揺れて残像をつくる。
「ちょっと待てよ!」
「・・・まだ、何かあるんですか?」
正面切った質問には、答えを持ち合わせていない。
久々に聞いた硬い声が無性に腹立たしかった。妙なネコをかぶったウサギがようやく見せるようになった何かを今、再び隠そうとしている。
ただ、それが許せなかった。理屈云々ではない。
「無いなら離して下さい。」
「だから待てっての!」
拘束を解こうとする相手に反して、虎徹の右手にますます力がこもる。
こんな深夜でも表通りに出れば、顔出しヒーローの彼を知る人間も多いだろう。絡んでいるこっちはたちまち不審者扱いで、下手すれば警察沙汰だ。この暗い裏路地から出すワケにはいかなかった。
「用がないなら、僕のコトは放っておいてください!」
本気の力で虎徹の腕を外し、相手がギッと睨みつける。
先程のクールさは欠片もなく、熱い感情を宿してギラギラときらめく目。固い鎧ではなく、最近少しずつ分かるようになった、生身の彼だ。
伝わる痛いほどの感情に、虎徹は眉を寄せた。
「んな、淋しそうな顔してる奴を放っとけるか。」
「貴方が『ヒーロー』だからですか?」
「はっ?お、おぅそりゃな。」
間髪入れずに問われ、間の抜けた声が出る。
相手がすっと視線を外してうつむく。立ち去る様子はないことに安堵しつつ、虎徹は首をひねった。
本当に、そうだろうか。
確かにヒーローたる者、困っている人を助けるのが仕事だ。けれど目の前の男が気にかかって仕方がないのは、必ずしもそれだけではない、ような気がするのだ。
(・・・そりゃ、まあ。)
最初はこんな奴がヒーローだぁ!?と思っていた。冷めた態度も人を舐めきった言動も、何もかもが気に食わなかった。
それでもバディだ。一番近くで戦っていればばおのずと本質は見えてくる。この男が口で言うよりもずっと不器用で一生懸命なのだと分かってしまえば、反感は徐々に薄れ、違う感情が育ってくる。ただそれは、ひどく言葉にするのが難しくて。
「・・・見苦しいところをお見せしました。もう大丈夫です。」
「あ?」
ややしてから聞こえた声に、自分が気を取られていたと気付く。
薄汚れた看板の下で相棒が薄く笑みを浮かべていた。
視線は、合わない。
(っ!)
壁が戻った。より強固に、永久凍土のごとく塗り固められてしまった。そう肌で感じて、虎徹は動けなくなった。
刹那覚えた強い感情は───いっそ、恐怖にも似て。
「では、失礼します。」
辛うじて見える三日月の下、決然と立ち去る男を追うことすらできない。
『パパ知ってる?ウサギは寂しすぎると死んじゃうんだって!』
楓の声が、頭に響く。
(あんな死にそうな目をした相棒を救えなくて、何がヒーローだ。)
心中で繰り返した想いはどこか偽善じみて、虎徹は薄暗い夜の中で立ち尽くした。