幸せだよ!
お酒の勢いとか、その場の雰囲気の飲まれたとかそんなことは断じてない、と言い張れないこの曖昧な記憶が恨めしい。
「・・・えーっと・・・何が起こったのかなぁ」
冴えない頭でいくら必死に考えていても、何も思いつかないし思い出せない。
帝人はずきずきと痛む頭を拳で軽く叩きながら、必死に自分が置かれている状況について考えた。
「会社の納会で飲んで騒いで・・・それで・・・なんだっけ。・・・何か僕口走ってた記憶が、あ、だめだ。これ以上思い出しちゃいけないきがする」
帝人はから笑いをこぼしながら、ふと自分が何も来ていないことに気がついた。
笑っていた頬が引きつるのが分かる。ひとまず何か着る物を、と思いベッドから下りようとした。
脚の間がやけにぬれた感触がするとか、腰に酷い鈍痛が走っているとか、ひとまず無視することにする。
「無視ってなんだよ。そうだよ、忘れよう忘れよう。これは悪い夢。うん、悪夢悪夢。そう悪夢」
独りつっこみしている事に気がつかないほど今の帝人は混乱していた。脚を床に下ろし、ベッドが大きくきしまないように身体を離す。
そのとき、帝人の後ろから腕が伸び帝人の身体ごとベッドの中に引きずり込んでしまった。
黒い肌触りの良い髪が帝人の視界に映る。帝人は頬を引きつらせたまま、起こしたくなかった相手を見つめた。
「だーめだよ、帝人君。情事の後って恋人同士の甘い時間のはずでしょ?」
紅い瞳を幸せそうに細めながら、臨也は微笑み、軽くリップ音を響かせて帝人の頬にキスを送る。
そのままなし崩しに二人そろってベッドへ倒れ込むと、臨也が脚を絡めてきて帝人は驚愕で我に返る。
「いいいざやさっ!!ちょっ!なにやってるんですかぁぁ!?」
帝人は精一杯絡めてくる臨也の脚を蹴り、腕をつっぱねて臨也から距離を取ろうとする。
そんな帝人の応酬にも笑みを崩すことなく、むしろ先ほどよりもニマニマとした笑みを浮かべている。
臨也は必死に抵抗する帝人を何ら苦もなく押さえ込むと、その華奢な身体を抱きしめた。
「帝人君だいじょーぶだよ。俺だって初めての君にそんな無茶はさせないって。まぁ、本当は後数回ヤりたいんだけどね」
「っ」
臨也の言葉に、帝人は声をなくし顔を紅く染め上げる。
そんな帝人の表情を愛おしそうに見つめながら臨也はくすくすと帝人の耳元で笑った。
帝人も終始幸せそうな臨也を見ていて、だんだんと気持ちが落ち着いてくる。
自ら臨也の胸に額を当てると、彼の香りなのだろうか柑橘系の好ましい香りが微かに香る。
「僕、本当に臨也さんと・・・その・・・せ、せ・・・っ」
「うん、セックスしたね」
「うっ」
「ん?だって、昨日のは帝人君との合意だったんだよ?っていうか、帝人君から誘ってきたんだけど」
「あぁぁぁぁ」
臨也は自分の腕の中で紅くなったり青くなったり、百面相をしている帝人の頭を撫でながらふわりと笑った。
「嬉しかったよ、君から誘ってくれて。俺、君に嫌われてたかと思ってたし。だから、君から好きだって言ってもらえて嬉しかった」
「いざやさ・・・」
「ベッドの中の君もとても可愛かったしね」
「げふっ」
帝人は幾度かむせる度に、臨也が帝人の背中を撫でた。
漸く帝人が落ち着いてくると、臨也は口元に微笑をたたえたまま帝人の頬を指で撫でる。
官能的というわけではなく、ただ愛おしいと言わんばかりの優しい仕草。
(この人でも、こんな仕草できるんだなぁ・・・)
新しい臨也の一面を発見した、と帝人は心の中でくすり、と笑いながら頬を撫でている臨也の手に、自分の手を合わせた。
「帝人君?」
「昨日の事って僕、お酒の勢いとか場の雰囲気とかで言っちゃった感じがあったと思うんですけど、」
帝人は一旦言葉を切り、青い瞳でまっすぐ臨也を見つめる。
臨也の紅い瞳にも帝人が、帝人だけが映っていた。そのことに帝人は喜びを感じる。
「うん、あぁ、帝人君ノリで言ってるなぁって思ったよ。それでも、俺を選んでくれたことは嬉しかったから」
「いくら僕でも、ノリで、同姓で上司の、捻くれた性格を持つ臨也さんに愛してます、とか好きだったら抱いてくださいとか言いません」
「え」
「っ・・・だから、あれは、・・・その・・・ぼ、僕の本心っていうか・・・だから・・・ぐふっ」
「う、嬉しいよ帝人君!うわぁぁ、どーしよ俺今ものすっごく嬉しい!!」
先ほどまでは加減してくれていたのだろう。たかが外れた臨也の抱擁は帝人にとって苦しく、身体の骨がきしむほどだった。
帝人は割と本気で臨也の背中をばしばしと叩き、自分が危ない状況にいることをなんと変わってもらおうともがく。
「臨也さ、くるしっ」
「ぁ、ごめっつい嬉しくって!ありがとう、帝人君。俺、帝人君のこと精一杯幸せにするからね!」
腕の力は弱めてくれたが、臨也は抱きついたまま帝人の顔にキスの雨を降らせ、その表情仕草から嬉しさをにじみ出している。
帝人はそのキスの嵐を受けながら、ゆっくりと頭を振った。不思議そうに見つめてくる臨也の視線にどうしようもなく笑みがこぼれる。
幸せで、誰かを愛おしいと思うだけで笑みがこぼれるなんて、初めて知った。
「二人で、幸せになるんですよ。僕だって臨也さんを幸せにしたい」
「みかどく・・・っ」
「同姓ってだけで世間の目は冷たいですから・・・・いっぱい臨也さんには嫌な思いさせちゃうかもだけど、」
「俺は帝人君と一緒ならそんな、どうでもいい他人の目なんて気にしない!帝人君、愛しているよ」
「っ、め、面と向かって言わないでください!!・・・て、照れますから・・・」
「幸せなんだもの。せっかく言葉が使える種族なんだから使える物は使って表現していかないとね」
パチンとウィンクをしても様になるのは美形の特権だなぁ、と帝人は思いながら、目元を染めながら臨也の鼻先にキスをした。
「ぼ、僕だって、その・・・す、・・・きですから・・・っね!」