FATE×Dies Irae
「――聖杯戦争」
何処とも知れぬ果て無き暗黒。
闇なお昏い影法師が、暗黒の帳に茫と浮かぶ。
「万能の願望機たる聖杯をめぐり、七人の魔術師(マスター)がそれぞれに使い魔(サーヴァント)たる英霊を召喚、使役し、聖杯を求めて相争う一大闘争劇」
足まで波打つ墨色の髪。
襤褸布じみた漆黒のローブ。
この世のすべてを嘲笑うがごとき皮肉げに歪んだ貌(かんばせ)は、若く端正でありながら、年老い枯れた笑みを滲ませている。
広げられた腕の内には、幾重にも重なり球を成す、緑光色の魔方陣。
「もともとは根源の渦へと至るべく遠坂、マキリ、アインツベルンによって作り出された大魔術儀式(アルス・マグナ)なわけだが……愚かな。そこにあるのは既知に毒された座だけだ。それ以上でも、以下でもない。他ならぬ私が言うのだから間違いない。下らない。実に下らない」
弊衣蓬髪の影法師は、絡みつくようなねっとりとした口調で吐き捨て、
「だが――」
その瞳に、掛け値無い称賛がともる。
「土地を越え、時代を越え、英雄譚(サガ)に謳われし英雄(エインフェリア)たちが全霊を賭して覇を競う。素晴らしい。胸躍る。手段が目的を超越することはままあれど、これはまさにその極みと言えよう。嗚呼、ゆえに女神の再誕を言祝ぐにこれほど相応しい舞台はあるまい」
声音に陶酔の色を浮かべながら、影は腕の中の魔方陣――その向こう側をじっと見据える。
「アーチャー、ライダー、アサシン、キャスター、バーサーカー、そして……くくっ、ランサー。なるほど、未だ主役は不在なれど、役者はすでに揃いつつある。ならば良し。いずれにせよ緒戦は有象無象の潰し合い。なれば、ここはひとまず流れに任せるとしよう。……ああ、分かっているさ獣殿。新たなる黎明の誓いは今もこの胸の内にある。私も然るべき時節が来れば舞台に上がるさ。が、どうか急かさないで欲しい。古今あらゆる物語において、黒幕は最後に登場するもの。今私が出張るのはあまりに早すぎる。興醒めも甚だしい。ゆえ、今しばらくは舞台袖より此度のオペラを覗き見るとしよう。では――」
影が嗤う。
「――今宵のグランギニョルを始めよう」
作品名:FATE×Dies Irae 作家名:真砂