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安心地帯

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「ねえねえ、シズちゃんって、イザイザの事を好きだよねー。男同士でボーイズにラブってる感じ?」
「『「いや、それはない」』」
 そんな狩沢の声を、静雄は聞いていた。いや、耳に入ってきた。門田たちはきっと、静雄まで聞こえないだろう、と思っているに違いない。しかし、しっかり静雄の耳に届いていた。狩沢の一言で、一瞬ビクついてしまった。事実を言われたからである。静雄が臨也の事を好きなのは事実だが、後半の方は何を言っているのか分からなかった。「臨也を殺してくる」というのは、嘘である。

 静雄は臨也の事が好きだ。いつもとんでもない騒動を起こしているから、とてもそういう事は想像できない。もちろん、門田や狩沢、遊馬崎達はこの事を知らない。新羅だって知らない。でも、何故好きなのに喧嘩をしてしまうのか。周りに人、ギャラリーがいるからである。静雄は元々人混みが嫌いであった。その上、男が男を好きなのだ。なので、臨也と外で会っても、周囲に人がいるからどうしても突っ張ってしまう。静雄自信が男が好き、という事を否定したい訳ではない。ただ、周りからおかしな目で見られるのが嫌なのだ。一方の臨也はお構い無しである。だから、二人っきりの時が一番落ち着く。一番素直になれる。
 だから、静雄が不安になった時や、落ち着かない時は、決まって新宿の臨也の自宅オフィスへと向かう。臨也の声を聞くだけでも安心できる。例えれば、静雄にとってのオアシスだ。
 会いたい。早く臨也に会いたい。
「…臨也」
 無意識に臨也の名を口にしており、歩く速度も速くなっている。静雄の顔には、少し『焦り』の表情が見える。やがて、静雄は駅に到着した。ポケットから定期券を抜き取り、改札口を足早に通る。ちょうど電車も来ており、急いで電車内に入る。まもなく発車の放送がなり、電車は、新宿に向かって走り出した。

「…で、シズちゃんはそのまま真っすぐ俺の所に来たと。」
「ああ」
 静雄は、ソファーに座っていた。静雄は、電車を降りたのち、すぐに臨也の自宅オフィスへと向かった。ドアを蹴飛ばすと、臨也は中央のデスクにいた。静雄はふてぶてしくソファーに座り、先程起こった出来事について、愚痴をこぼすかのように話した。
「まさか俺の知らない所でそんな事があったとはねぇ。」
「臨也、てめぇその顔絶対分かってただろ。」
「ははっ、当たり前じゃん。シズちゃんには嘘もつけないや。」
「当たり前だろ。」
 臨也は椅子から立ち上がり、静雄の隣に座った。
「シズちゃん、怖くなったから、ここに来たんでしょ?」
「…違ぇ」
「シズちゃんのどこかに恐怖があったんじゃない?」
「…違ぇっつってんだろ」
 図星だった。静雄は大声を出さずに否定した。その小さな声は、どこか怯えたようにも聞こえる。事実、静雄の前にいる男を、罪歌の子を殺すとなった時は、多少の冷や汗をかいた。一ミリでも斬られれば、自分も罪歌に操られる。これが、静雄にとっての『恐怖』だった。静雄の圧勝だったため良かったものの、未だに不安が残っている。
 それを臨也は見透かした。大抵の人が静雄が怖がるなんて思わない。田中トムや幽でも思わないかもしれない。でも臨也は違った。見ただけで静雄の事が分かる。何でもお見通しだった。だから、静雄は安心できる。
「シズちゃん…」
 臨也は静雄を抱きしめた。一瞬戸惑った静雄だが、驚くどころか、むしろ落ち着いていた。臨也は、静雄の髪を撫でた。まるで、赤子をなだめるかのように。
「シズちゃんさ、もう少し自分の体を大事にしてよ。」
「…」
「俺の…」

「俺の大切なシズちゃんなんだから。」

「…」
 臨也の手に少し力が入った。臨也の瞳は、真っすぐに向いていた。静雄は目を細め、俯いた。

「…うるせぇよ」

 静雄は、臨也の背中に手をまわし、顔を臨也の胸にうずめた。何となく体が震えているように感じる。臨也は、静雄の背中を優しく叩いた。そして、そっと呟いた。

「好きだよ、シズちゃん。」

 ああ、やっぱり落ち着く。こいつの声を聞くと安心する。こいつじゃなきゃ、駄目なんだ。

(俺も好きだ。臨也。)
作品名:安心地帯 作家名:雪月花