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里海いなみ
里海いなみ
novelistID. 18142
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さよなら、恋が死んだよ

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臨也がおかしくなった。

あの緋色の目はしっかりと俺を捉えているというのに、奴の意識の中に俺はいなかった。

俺達は、所謂恋人という関係にあった。けれどいつからか俺は仕事や周りとの付き合いで臨也と向き合う時間が減り、それと同じようにして臨也も仕事を増やし自分の時間を潰していった。
顔を合わせる事はおろか、連絡さえも取れなかった。それというのも俺が携帯を壊してそのまま修理にも出さず放置していたからだ。
臨也は強いと思っていたから。
そんなある日、セルティが俺に声をかけてきた。今思えばいつものようにPDAに文字を打ち込む指が少しだけ震えていたような気がする。

『臨也が大変なんだ』

それからセルティのバイクの後ろに乗せてもらって新羅のマンションへ向かった。新羅らしく綺麗に片付けられた広い部屋の中心に置かれたソファの上に臨也、いや、臨也だったものと新羅が並んで座っていた。
まるで邪気のない笑みを浮かべさせてカップを両手で包むように持ち新羅と話をするソイツは確かに臨也の顔をしていた。
やがて俺に気付いた新羅が困ったと言うように大袈裟な仕草で眉を寄せてきたので向かいに座った。
臨也をセルティに預け隣の診察室へ向かわせた後、新羅は重々しい口調といつになく真剣な表情で俺に説明を始めた。

いわく、臨也の秘書から臨也が倒れたと連絡が入った。どうやら過労と栄養失調だろうと連れ帰った。目が覚めた臨也に「静雄が心配するんじゃないかい?」と聞いたら真顔で「誰?それ」と言われた。
まさかと思い俺単体の写っている写真を見せると「風景写真?これどこだい」と不思議そうに問い返された、と。
つまり臨也の認識する範囲から俺はすっかり弾き出されてしまったという。こんな馬鹿な話があってたまるか。

「一時的な記憶障害か何かかと思ったんだけど…姿自体が見えてないとなるとお手上げで」

コーヒーを口にしながらそう付け足した新羅の言葉を聞きながら俺はさっき臨也が入っていった診察室のドアを見つめた。
今の臨也はほとんど攻撃性がない事も聞かされた。ただ純粋に人間を愛している普通の人間だと。だから最初に見た時あんな無邪気な表情だったのかとズレた所で納得した。

「それでね、静雄。君に見て貰いたいものがあるんだけど…いいかい?」

問い掛けながら俺の答えを聞く事なく目の前に突き出されたのは見慣れた臨也の携帯だった。促されるままにそれを受け取り、指示に従って受信ボックスを開く。



Time 2011/**/** 00:16
From メールセンター
Sub メールエラー

--------------------------------------------
以下の宛先に送信出来ませんでした。
address:*****@dr.ne.jp


-----END-----







Time 2011/**/** 20:31
From メールセンター
Sub メールエラー

---------------------------------------------
以下の宛先に送信出来ませんでした。
address:*****@dr.ne.jp


-----END-----







Time 2011/**/** 06:28
From メールセンター
Sub メールエラー

----------------------------------------------
以下の宛先に送信出来ませんでした。
address:*****@dr.ne.jp


-----END-----





受信時間は違えど同じ文面のメールが、何通も何通も受信ボックスに溜まっていた。その本文に記されているメールアドレスは紛れもなく俺の物で、目を疑った。連絡も外出も出来ない程忙しかったんじゃなかったのか。
黙り込んだ俺を更に促すように新羅が「送信ボックスを見てよ」と言った。まるで機械のようなぎこちなさでゆっくりとフォルダを開くと同じ名前が並んでいた。



Time 2011/**/** 00:16
To  シズちゃん
Sub 

----------------------------------------------
元気?
会えそうな日、ないかな。


-----END-----







Time 2011/**/** 20:31
To  シズちゃん
Sub 

----------------------------------------------
会いたいよ

もう会いたくなくなった?


-----END-----







Time 2011/**/** 06:28
To  シズちゃん
Sub 

----------------------------------------------
シズちゃん


-----END-----





一番新しい送信メールは、俺ではなく新羅に宛ててあった。



Time 2011/**/** 21:46
To  新羅
Sub 

----------------------------------------------
シズちゃんに捨てられたのかな、俺
そうしたらもう生きていけない


-----END-----





この日付は臨也が倒れる数日前のものだという。メールセンターから俺宛のメールが返ってきているのは携帯が壊れてからすぐだった。いつもは絶対に書かない素直な会いたいという言葉、メールが返ってきても返ってきても送り続けられていた。
手の中の携帯がミシリと小さな音をたてる。すぐさまそれは取り上げられたが、俺はその場に立ち尽くしていた。

「……ねぇ静雄、君が何を思っての行動がこうなったのかは知らないけれど、……臨也が不安定で弱い事は君が一番良く知っていたんじゃないのかい?」

新羅の言葉が痛かった。

誰よりも寂しがりで不安屋で愛されたがっていたアイツの事を一番知っているつもりで、俺はアイツが『強いから』と突き放したと思われるような選択肢を選んだ。
その結果が、これか。

「君に捨てられた世界で生きる事を臨也は望まなかった。だから臨也は死んだんだよ、『君を愛し君を見ていた臨也』は」

隣の診察室から、臨也の明るい笑い声が漏れてきていた。