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ジューンブライドの神様は舞い降りる

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雨は止んだと思えば降るの繰り返しで、ふと見たガラス張りの向こうの世界はい
つだって滲んでいる。ガラスを伝う水滴がフィルターのようになっていて、それ
を通して見ているようだった。纏いつく梅雨独特のじめじめした空気にうざった
さを感じながら髪を纏めて家を出て、仕事をし出してからあっという間に時間は
過ぎていたようで、外はとっくに日が落ちていた。闇に覆われる中、ガラスに張
りついた滴に反射して、看板や車のライトがやや四方に散って光る。行き急ぐよ
うにどんどん通り過ぎてゆく人々は、街をも行き急がせているように見えた。仕
事が終わるまであと少し。基本的に平日より休日の方が予約は多いが、このうん
ざりするような雨の季節は、結婚するのにいいと言われている季節でもあった。
その為式の前に髪形を整えに来る人が増えて、平日休日問わず予約もほぼ満杯に
なっていた。おかげで仕事に駆り出される毎日で、日付を思い出すのに時間がか
かる。気がついたら何日もあっという間に進んでいる。
今日の最後の客が満足げに鏡に向かって微笑む。身につけてもらっていた髪避け
のビニールシートを取る。ワンポイントにチェックのリボンが左右一つずつにつ
いたサンダルが椅子から一歩踏み出し、入口付近の会計に向かって歩いていった。
周りでまだ仕事をしているスタッフに軽く会釈をしながら、ロッカールームまで
行く。自分のロッカーの前で立ち止まり、鍵を開けた。無造作に入れられたせい
で、鞄は少しくしゃりとしていた。頭にある一人のことを思い浮かべながらゆっ
くり鞄を開ける。期待と諦めがせめぎ合う。結婚にいい季節なら、少しくらい恋
人に会う時間をくれないものだろうか。ツキヒコは一人苦笑する。気がついたら、
何だかギンタがとてつもなく遠く感じられるようになってしまっていた。どちら
かが何気なく送っていた、予定を聞くメールですら送れなくなっていた。返事の
内容を先に考えて、きっとまたダメだと思うと、指先が宙をさ迷った挙句、文字
板の上に着地して、作りかけのメールを消す。その繰り返しだった。今までだっ
て時間が合わなくて会えない時期はあったけれど、今回はどちらも忙しいせいか、
すれ違いの期間が長い気がしていた。ずっと降っている雨のせいで、気持ちまで
濡れた後錆びる金属のように寂しさにどんどん侵食されているから、こんなにつ
らくて臆病になるのかもしれない。重く息を一つ吐いて、携帯の着信を胸が絞ら
れるような思いで確認する。ギンタからのメールも、着信もなかった。ああ、や
っぱりか。逃げるように繰り返しの行為とどこかで知りながらも、目を逸らして
メールを新しく作ってみるけれど、数分経っても指先が震えて、躊躇って画面は
真っ白なままだ。じっと見つめる画面の向こう、隣に、当たり前に君がいた日々
を思う。振り向けば、隣を見れば、いつだって眼鏡越しにギンタと視線が合った
のに。揃いのネクタイを少し緩く結んで、肩を並べて過ごした学生の頃が遠い。
あの頃のようにずっと一緒に居るのは無理だと分かっている。ツキヒコが欲しい
のは、好きだから故の怖さを乗り越えられるくらいの、勇気だ。
これ以上画面の前で悪足掻きしてもしょうがないと、ツキヒコは携帯を閉じて鞄
をロッカーから引っ張り出す。鞄に携帯を放ると、スタッフ専用口から外に出る。
ドアの向こうでは雨が相変わらず降っていた。濡れたアスファルトに周りの雑
多な光が僅かに反射している。ツキヒコは折りたたみ傘をさすと、和服の専門店
やそこそこ名の知れたブランドの店が建ち並ぶ大通りの方に出た。人混みに紛れ
て、所在なさげに足を進めつつ鞄の中で携帯の着信を確認する。断られる度に、
断る度に距離が何となく離れて、会いたいの一言も言えなくなったなんて、情け
ない。いっそこのまま、灯りのつかない空の部屋だろうギンタの部屋を眺めに行
ってしまおうか。まっすぐ家に帰る気分でもない。そう考えていると、目の前の
信号が赤になった。一斉に立ち止まる。ふっと向かい側を見た。
「――――・・・っ!?」
向かいの人混みの中、傘を持っていないらしく代わりに上着を被って雨を避けて
いるギンタがいた。見間違えじゃない。いまいち現実味がないままただ向こうを
見ていると、やや下を向いていた顔が上げられ、二人の目が合った。雨の音も車
がアスファルトの上の水を弾く音も、耳に入ってこない。ギンタが少し申し訳な
さそうな顔をする。次に、ちゃんと顔を見たらきっと情けない、らしくない姿を
見せてしまうかもしれないと思っていた。現に、傘の持ち手を握る手は力を込め
すぎて微かに震え、人を掻き分けてすぐにギンタの元へ行きたくて足が疼いてい
る。瞳に写った彼の姿が感情にかかった鍵を開けてしまった。意識の向こうで聞
き慣れた音がする。信号が青に切り替わった時に流れる電子音だ。人が動き出す。
二人だけだった時間が流れ出す。ツキヒコはズボンの裾に水が跳ねることも気
に止めず、早足で規則正しく白線の引かれた道路を渡った。ギンタの腕をすぐに
取る。
「ツキヒコ、最近会えなくてごめん。やっと時間が取れたからツキヒコの仕事場
まで行って待ち伏せしようと思っ―――・・・」
謝罪の言葉を述べるギンタを遮って、濡れた上着を手から奪う。代わりに、ツキ
ヒコは自分の傘を半分くらいギンタの方に傾けてやった。
「ぬ、濡れるぞ。・・・そんな恰好してると」
傘で少し陰ったギンタの顔から目をふいと逸らして言う。今まで貯めていた寂し
さが抱きついたり、瞳が僅かに潤むのを促そうとするのを、悟られないようにす
るのに必死だった。濡れた上着の冷たさが抱える腕越しに伝わる。
「そうだな、ありがとう。・・・じゃあさ、」
ツキヒコの目の前に傘を差し出し、受け取ってもらう。何をしているのか分から
ないといった様子でギンタを見てくるのが可愛かった。
「ちょっ、わ・・・っ!」
顔を赤くして慌てるツキヒコの様子を楽しみながら、しっかり傘の持ち手を握る
ツキヒコの手の上に自分の手を重ねる。久しぶりの恋人の手は、火照り気味だ。
「しばらく、こうしててもいい?」
いつもは余裕そうな顔で、からかうようにツキヒコの顔を覗くのに、今日は会え
なかった分切実にツキヒコを求めている、そんな顔だった。もしかすると、ギン
タも自分と同じように好きだから故の怖さを抱えていたのかもしれない。そう思
うと、重ねられた手が更に愛しくて、離れがたいものになった。
「・・・・うん」
雨の降り続く夜の街を、互いの手の温かさを感じながら、会えなかった時間を埋
めるかのように話をしながら、二人は歩いていった。