さびしんぼうのウサギ
人通りのほとんどない夜の通りを、派手な光が通り過ぎていく。爆音を立てるバイクが視界から消えたところで、俺は足を止めて連れを振り返った。
「オジサン。」
「あァ!?」
「僕を・・・、」
益体もないプライドのせいで、抱いてくれませんか、とは続けられなかった。言ったところで、九割の確率で「冗談じゃねーよ!」と一蹴されると思っていた。
けれど。
「本気か?」
おちゃらけた常とは違う真剣な眼差しで俺を眺めた後、彼は用心深くそう言った。
(まったく。)
彼のウリである(らしい)勘とやらは、時として効きすぎる。
小さくうなずけば、彼は「分かった」と短く答え、無言で俺の後をついてきた。
本当は。
残り一割、心のどこかでこうなるかも、との期待はあった。
自覚はあるが、過去の傷をつつかれると俺は弱い。その場にも居合わせた根っからヒーローの彼に憐憫を抱かせるほどには───その晩は酷い顔をしていたはずだから。
翌朝は、それでもいつもの時間に目が覚めた。
何の変哲もない自分の部屋に、自分のベッド。いつもと違うのは、もうひとつある人の体温。
「おー、起きたか。」
「・・・。」
変わらない気の抜けた声に返事をしようとして、俺は喉の痛みに目をしかめた。体中が痛い。昨日の名残というには少々キツすぎるのではないか。
(今日は出動要請がないことを祈るしかないな。)
黙ったままの俺に、隣の気配はこれみよがしなため息を吐いた。それでも何も言わずに、ただ上半身を起こしたままぼーっとしている。
昔だったら、キレて怒鳴りつけられているところだ。そう思うと少しおかしかった。
この男は何だかんだで、自分勝手だ。決して望んでバディになった訳ではなかったし、初めからペースを乱されっぱなしだった。
けれど今となっては命すら助けられたことのある、不本意ながらも俺にとっては一番近しい人間だ。
だから───大丈夫じゃないかと、思ったのだ。
「バニーよー、おめーホンッと何考えてんだ。」
ポツリと落ちた台詞は、俺こそが知りたいコトだった。
酷く見苦しい恰好をさらして、苦痛の奥にあるわずかな快楽をどうにか拾って───そうして近付けば、分かるかと思ったのだ。
でも、それが何になっただろう。
熱を知った。ひとつになった。けれど結局俺たちは違う人間で、それ以外に分かったことなんて何も無かった。
「・・・俺には、分からない。」
「意味わかんねーよ。」
掠れた、我ながら酷い声。それにすかさずツッコミを入れた相手の口調は、それでも随分とやわらかい。
「ま、けど俺だって、そんなもんか。」
シーツにくるまり頑なに背を向けたままの俺の背後で、はぁぁ、とまたしてもため息が聞こえる。
「いつまでたっても、何考えてんのか。」
「!」
不意に頭に触れられ、びくり、と体がはねる。
ゆっくりと髪を梳く男の指の動きが、神経が過敏になったかと思うほどはっきり分かってしまうのは、昨夜の名残か何かなのか。
俺はぎゅっと目を閉じて、まぶたをゆっくりと上げた。
うっすらと開いた目に映るのは、窓越しに見えるシュテルンビルトの景色。昇り始めた日の光が眩しい。
隣の男は、帰る気配を見せない。
(・・・。)
普段、俺の知らない場所で、彼は何をしているのだろうか。
聞いたところで理解できないかもしれないし、意味がないかもしれない。けれども今、無性に知りたいと思った。
作品名:さびしんぼうのウサギ 作家名:謎野うさぎ