ぐらにる 流れ 抱き枕
「ぐっっ。・・・・気付いたのか? 」
あれから、何度か逢っているが、まったく話の登らなかったから、ニールは気付いていなかったんだろうと思っていた。思わず飲んでいたアイスティーを喉に詰めた。
「ビリーか気付いたんだが・・・・あれはよかった。きみの愛を独り占めして何ヶ月も楽しめた。」
「何ヶ月って・・・・おまえ、そんなにかかるほどの量はなかっただろ。」
「一週間のひとつ、と、決めて食べた。」
「はあ? 」
「私には、あれが一番素敵な贈り物だったよ、姫。姫が手ずから作ったものを、私が食すというのが、なんとも隠微でたまらなかった。」
「どんな妄想してんのか知らないけど、それ、人前で言ってないよな? 」
「ビリーには、語った。」
すいません、すいません、ビリーさん。ごめんなさい、と、ニールは内心で、あのポニーテールの技術顧問に何度も謝った。この痛い台詞を延々と語られたら、とっても辛かっただろう。
「そんなことは語るな。・・・・そうじゃなくて、服とか帽子とか時計とかさ。そういうプレゼントはいらないのか? 」
「では、姫自身を。」
「明日明後日限定でよかったら、全部やるよ。」
「それは有り難い。そうだ、私からもお返しをさせていただきたい。」
「どんな? 」
ニールは、自分の誕生日を告げていない。忘れてしまうようなものは祝わなくていい、と、言ったら、このとなりの男は、「では、私と同じ日にお祝いをしよう。」 と、決めた。そのため、ニールにもグラハムは贈り物ができる。
「私は、姫のような器用さはないので、おいしいワインと花束を贈りたい。」
「花束はいらない。辛口の白がいいな。それなら、それに合うチーズも、おまけしてくれ。」
「しかと承った。では、食事に行こう。」
ドレスコードはないから安心してくれ、と、グラハムは、姫の手にあるカップホルダーを取り上げる。
「俺とおまえだけなのに五キロもいらねぇーよっっ。」
「いや、それぐらいは・・・」
「バカッッ、そんなに、じゃがいも尽くしにして、どうすんだよ。いいから、一キロでいい。それと、ハプリカとチャイブ、チコリ・・・・セロリ。あと、サラダは何が希望だ?」
「これは、入れられるものか? 」
「それはズッキーニだから炒めたほうがうまい。きゅうりなら、こっち。」
「ニール、そのトマトは歪んでいる。」
「これは、フルーツトマトだから、こういうもんです。うーん、こんなもんかな? おねーさん、全部でいくら? 」
市場では、ニールが主導権をとった。なんせ家事能力なんてない男なので、任せておいたら、とんでもないことになる。ワインを選ぶ段になって、ひとりで行くと言い出した。
「待ち合わせは、クルマでいいか? もし、選ぶのがわからなかったら・・・」
そこで、胸ポケットに入れていた携帯端末を思い出した。店で迷ったら、連絡してくれればいいし、こちらも、もう少し買いたいものがあるので、終ったら連絡をつけて合流すればいい。
「そっちへ、俺のデータを送るから、そこに連絡をくれ。」
「いいのか? 」
「かまわないよ、この携帯は、市販ので、何もデータが入っていないんだ。あっちに戻ったら、壊して終わりっていうやつだから。」
「なら、私のデータも送らせていただこう。それで、私だけが登録されたきみの携帯になる。」
赤外線通信で、どちらのデータも交換した。どうせ、使うことのないものだ。これぐらいはいいだろう。
「ついでに、バケット二本頼むぜ、グラハム。」
「承知した。では、後で連絡する。」
そこで分かれて、別方向に歩き出す。クッキーの型が必要だった。それも四文字だけなのだが、それだけは買えないので二十六文字のものを買うことにする。それから、細々としたものを買っていたら、携帯端末に着信した。こちらも、終ったので待ち合わせの場所へ向かう。本当に、健全なデートだな、と、ニールは微笑んだ。こんなこと、他の誰ともやったことはない。強引で人の話を聞かないグラハムだけが、ニールが他人との間に作っていた壁を飛び越えてしまったからだ。
家に辿り着いて、夕食は、二人で作った。グラハムは、怖ろしく高価なワインを買ってきたのだが、まあ、そこは高額所得者ということで、ニールはスルーした。年代が、おそらくニールの生まれ年あたりを狙ったのだろう。そして、いらない、と言ったのに、バラの花束だ。それも、テーブルに飾った。
明日が本番だから、お祝いの言葉は口にしなかった。どちらも、世間話や今日の出来事について話す。それ以外は話せない。
「指輪どうしたんだ? 」
少し前に、ものすごいエメラルドのリングを差し出されてプロポーズされた。きっちりと断ったが、その後、リングは活用されたのか、と、ニールは口にした。
「寝室に飾っている。いつか、きみにつけてもらうつもりだからね。姫の瞳と同じ色は、なかなか見つけられなくて苦労したんだ。」
「つけねぇーよ。」
「今夜、きみに頼みたいことがあるんだが、いいだろうか? 」
「なんだ? 」
「あの指輪をつけたきみとセックスしたい。今夜限りの願いだから、永遠に身に着けて欲しいとは言わない。せめて、ここにいる間だけつけてほしい。」
「・・・・怪我すると思うけど? あれ、宝石が大きいからな。」
ただでさえ、グラハムの背中や腕に、ニールは引っかき傷をつける。もし、指輪なんかしていたら、さらに深い傷になるはずだ。
「構わない。姫がつけてくれた痕なら、私は大歓迎だ。それは、承知してくれたと思っていいのだろうか? 姫。」
「・・・・ここにいる間だけなら・・・・」
安眠抱き枕と揶揄しているが、ニールにとってもグラハムは大切にしている相手だ。だから、お願いされれば断れない。全部やる、と、言ったのだ。それぐらいは叶えられるささやかなお願いだ。
「ありがとう、姫。私には何よりの贈り物だ。」
テーブル越しに、グラハムは身を乗り出して、ニールの唇にキスをする。それから、寝室に走って、それを持ってきた。
「これで、きみは私のものだ。愛している、ニール。」
誓うように、真摯な瞳で左手の人差し指に、指輪は収められた。そして、もう一度、抱き合って、キスをする。今度は濃厚に、官能を掻きたてるように、角度を変えて何度も奪って奪われる。
「・・・グラハム・・・俺を全部持って行け。・・・はやく・・」
「承知した。さあ、姫。褥で私のものとなり、私も姫のものとなろう。」
片付けもせずに、そのまま寝室に雪崩れ込んだ。どちらも何ヶ月も待っていた熱だ。もう我慢は利かない。ベッドに倒れこんで、どちらも互いの服を剥がし合う。その間も口付けは終らない。時には噛むように、時には舌を絡めるように、熱を煽る。全部を脱ぎ終わって、ようやく、唇は離れた。上から視姦するように、グラハムはねめつける。
「姫は、どこも綺麗だ。」
「あんたの目・・・絶対に腐ってるぞ。」
「なぜ、きみは素直に嬉しいと言わないのだろう。私は、姫に本心しか伝えていないというのに。」
作品名:ぐらにる 流れ 抱き枕 作家名:篠義