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アルフレッド・F・ジョーンズと上司の秘書

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 この町のテレフォンボックスは、どうして赤いのだろう。どうして赤以外じゃいけないのだろう。どうして黄色のテレフォンボックスではいけないのだろう。赤だと例えば、そうだ、スポーツカーの色と重なってしまうのに。黄色いスポーツカーなんていうのはあんまり見掛けないし、緊急時に人目を引くという点では、黄色は最適だと思うのに。赤はあまり望ましくないはずなのに。(必ずしもこれが緊急時に使われるわけではない? そんなのわかってるさ。)
 あれもこれも何がどうでどうして駄目なのか。
(こういう時に限って、回線が混んでるんだよ…)
 繋がりにくい電話を誰かが出るのを待ちながら、彼、アルフレッド・F・ジョーンズは、とりとめのないことばかりを考えていた。これだから電話はいけない。直接話せるならば一番早いのに、距離がそうはさせてくれないのだからやむを得ないが。受話器を持っていない空いている方の左手は、とんとんとんとんと早めのリズムを刻んでいる。一つ吐いたため息は、さすがに人一人しか入れない狭い空間に虚しく響く。
「はい」
 受話器の向こうから淡白な声がし、やっと出た! と言わんばかりにアルフレッドは慌てて話し出す。
「俺だよ、俺。悪いけど彼に急いで取り次いでくれるかい?」
「アルフレッド様ですか」
「ああ、君か。ちょっと急ぎなんだ、悪いけど」
「お忘れのようですので申し上げ致しますが、あの方は現在会議に出られております。故に、近くにはおりませんので、すぐにお取り次ぎすることができません」
「……あ」
「いかが致しましょうか」
 そうだったすっかり忘れていた、とアルフレッドは一つため息をついた。
 アルフレッドには秘書がいない。国家そのものである自分が要人扱いでは、人々に要らぬ誤解や混乱を招くかもしれないからだ。これは他のどの国も同じで、だから彼らは自身の上司の予定は自分で把握している。これも彼らの仕事の量ある中の一つであり、それに加えて、アルフレッド自分は大国であるべきだという信条ゆえに、とにかく仕事を片っ端から完璧に仕上げてきた。アルフレッドは仕事に関しては、やり出せば完璧を極めたがった。だから今回のこれは、充分に職務 怠慢と言っていいだろう。少なくともアルフレッドはそう思っていた。
 だからアルフレッドは一層、自分に落胆した。
「わかった、仕方ない。ありがとう」
「お役に立てず申し訳ございません」
 思えば、自分が驚いた勢いで動いただけであり、内容を伝えるのは早急でなくとも支障はない。
 何をやっているのだろう自分は。
「…なあ、君は」
「はい」
「世界平和ってどういうことだと思う?」
 なんとか気を紛らせるためなのか何なのか、不意に口から出た疑問はやはりとりとめのないものだった。
 本当になにを言っているんだ自分は。
「…さあ、しかし、現代のこの調子では、実現不可能なことだとは思います」
 そして、やはり淡白な口調でまともに答える彼女も彼女だと思ってしまった。
「じゃあどうして君は国、…というより、国民のために働く役職に付いているんだい?」
「私が働くのは国民のためではありません。私自身のためです」
「ふーん、君自身のため、ねえ。あ、あと君」
「なんでしょう」
「どうしてスポーツカー…、じゃなかった、テレフォンボックスってどうして赤いんだろう?」
 彼女は一瞬間を置いて答えた。
「日本の特撮アニメーションでは、赤は正義の色というセオリーがあるそうですよ。だからではないでしょうか」
「ふーん、わかった、ありがとう」
「ああ、そうだ、最近日本では俺俺詐欺というものが流行っているそうです。どなたかとお話される際は間違われないようお気を付けください。失礼致します」
 ぷつりと音がして電話が切れた。絶対そうだ、彼女は、何処の何がどうのこうのなんて、興味ないに決まってる。
 アルフレッドは確信していた。それに根拠はないし、取り立てて意味もない。彼女とこんな話をしたことも同様で、もう何時間か、彼女の論理には全く同意見だが、少なくとも明日には忘れるだろう。だからさよなら過去よそして幸あれ。こんにちは未来よどうか光あれ!
(だって、歴史すら忘れる人間が、まして日常会話の一つ覚えているわけがないじゃないか…ああ、腹が減った)