無題
また演劇部かとツキヒコは顔を顰めたが、纏う歓声の質が異なるのでそれはないと打ち消した。
演劇部への歓声はとにかく喧しい。今は見受けられないが窓に群がる人の数は尋常ではない。ファンサービスと銘打っているようだが、生徒の中には興味の無いものもいる。そういったものからはいい迷惑だと言うことを彼らは理解しているのか甚だ疑問であった。
今回のそれはただ喧しいだけの歓声とは違い、感嘆が含まれていた。見とれて零れてしまった声。
そんな声を人々に上げさせられる人物に心当たりがありまさかと思い窓に近づいた。まさに思うとおりの人物がそこにはいた。先ほどとは打って変わって静まり返ったそこに助走をつけて跳ぶ姿が。
跳んでいる瞬間、本当に楽しそうに笑みを浮かべる表情に。空を舞うその一瞬一瞬がただ美しくて見とれる存在感に。観客は演劇部のそれと比べれば少ないがいないわけでもない。競技中の私語は厳禁だ。だが今は本番ではない練習とはいえ本番さながらの静けさはその美しさを目に焼き付けるため。勿論選手の邪魔にならないようにという配慮もあるが、観客の本音は私語などしていて大事な場面を見逃さないようにというのが一番大きい理由だろう。跳び終わった後のバーが落ちないところまで確認してからわぁっと歓声が上がる。
タケオの満足そうな表情につられるように口角を上げた。だがそれも長くは続かない。
近づく影が一つ。見慣れない顔だった。外から来たのだろう。馴れ馴れしく触る様を見せられるのは気分が良くない。いや気分が良くないを通り越して殺意を覚えた。
「外の奴は馴れ馴れしいねぇ」
「ギンタ」
なんだあれは、という意味を込めて名を呼べば長年付き合いのある彼は知っている情報を引き出す。
「あれは自称タケオのライバル。見てわかるようにタケオにご執心だ」
自称するぐらいなのだからあれもタケオと同じく高跳び選手なのだろう。
「彼、どうやらタケオに熱烈アピールしてるみたいだよ」
眉間に皺が寄るのがわかった。
「島を出て同じ高校に通わないか、ってね」
目から入る情報と耳から入る情報がどちらも不愉快すぎて、舌打ちが零れた。
「勿論タケオは断ったようだけど。相手がしつこくて辟易してるって」
「それはタケオから直接訊いたのか」
「まさか!ツキヒコが知らないのに俺に言うわけないだろ」
じゃあ何でとは問わない。ギンタは情報収集能力が優れている。気掛かりだったのはタケオから直接訊いたのか否か、だけ。
「何れにしろ、おしおきだな」
不快な光景に背を向けると、「程々にな」と声がかかったが聞こえないことにした。