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ルートヴィヒと死ねなかった彼女

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 ルートヴィヒは立ち止まって辺りを見回していた。広い丘だった。墓標の立ち並ぶそこは、彼にとって忘れてはならない場所だった。忘れたくても忘れられないという方が正しいだろうか。もちろん、忘れまいという意識も彼自身には常にあった。
  いつだって足は向かうのだが、いざ来てみると、どうしたら良いのかわからなくなる。この多さでは、何か一人一人に供えるにしても無理がある。しかし何もし ないのはやはり忍びない。かと言って…と、これが何年も続いており、結局、未だに何も出来ていない。臆病なだけであるのに、何もしないことが結局は一 番の手向けになるのかもしれないと、どこか思い始めている自分が、ルートヴィヒにはひどく憎かった。
 途方に暮れるとはまさにこのことだ。ルートヴィヒが立ちすくんでいると、突然声が聞こえた。
「軍人さんですか?」
 横を向くと、女性が立っていた。少し驚いて、目を見開いたあと思いきりばちんと瞬きをしてしまった。
「違っていたら、ごめんなさい。でも、何処となくそう見えたので」
「あ、いや」
 違ってはいない、と慌てて言う。なら良かった、と彼女は微笑んだ。女性らしい柔らかな表情だった。
 彼女はしゃがむと、ルートヴィヒが立ち止まっていたちょうどすぐ近くの墓へ、抱えていた花束を供えた。花には詳しくないし、さほど興味がないルートヴィヒの目を、ケンタウレアの青さが引いた。他にも様々な色の花が埋まっていたし、色自体はそれこそ見慣れているが、赤や黄色とは違う、花にもこんな鮮やかな力強い色が付くのか、そう思うと何故だか感心に似た不思議な気持ちがした。
「綺麗な色だ」
「彼が好きだった花なんです。このあたりは、静かでとても良い場所ですね」
「昔は人の住む家があったが、戦場になり、今は何もない。いや、なくなってしまった、か」
「ええ、だから、彼のお墓はここにあるんです」
 かつての戦の爪痕を隠すすべを持たず、その上を草原が広がっており、勇ましく花が咲き、死者は静かに眠っているのだろう。
 彼女は暫しの間合掌し、目をつむって祈った。そして目を開くと、立ち上がってまっすぐ墓碑に向き直った。
 ルートヴィヒは沈黙を破った。
「恨んでいるか?」
 彼女は少し驚いて、聞き返す。
「軍人さんをですか?」
「ああ」
「全くそんなことはない、と言えば嘘になりますよ」
 でもね、と彼女は続ける。
「恨むべきはもっと別にあるのだと、明確な『誰か』でないのだと、わかっています。彼は、国のために戦えることを誇りに思っていましたから。それに、私には、生きていく理由を彼にしようにも、あまりにこの世界に未練が多すぎました。それに、生きている以上、生きなければいけないんです。意味はなく、誰のためでもなく。ね、だから、そんな顔をなさらないで」
 ああまた言われてしまった、(また、というのは、前があった。兄に同じようなことを言われ、笑って額を叩かれたのだ)また。ひどく情けない。
 それでも、ルートヴィヒは出来るだけの笑顔を作ってみせた。泣きそうな笑顔だった。彼女もまた笑顔を作った。泣いてはならないと思わせるような力強い笑顔だった。
「そろそろ帰らなくちゃ。良かったら、祈っていってあげてください。きっと彼も喜びます」
 彼女は軽く会釈すると、行ってしまった。ルートヴィヒは、取り残されたかのように「彼」の墓標の前に佇んだ。今日は本当に天気が良い。
 彼女はいくつだろうか。きっと若い。だけど、自分はきっとそれ以上に若い。この場所に眠る彼はいくつだったのだろうか。もし彼が今生きていたらいくつだっただろうか。もう知ることの出来ない事実の多さは、どうしてなのだろうか。
 ルートヴィヒは手を合わせようとして、止まり、右手をまっすぐに伸ばし、肘を曲げると、額の近く、然るべき位置で止めた。
(未来があるからこそ、生きていることに後悔はない。敬礼の出来る腕も、歩き立ち止まるための足もある。死とはどういうものなのだろうか、まだ自分は体験したことがない…)