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エリザベータ・ヘーデルヴァーリと死ねない男

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 周りを振り回す人間というのは、どの環境にいたって少なからずいる。遠い幼馴染み然り、今で言えば例えば、執務報告をしに来ただけだというのにいきなり「部下の見舞いに付いて来い」と時間のことも考えず無理に引っ張って出る上司とか。(充分に職権乱用だと思うのだが、そろそろ慣れてきてしまった自分も相当だ)
 中心街から少し外れにある病院だった。閑静な佇まいと他と何ら変わらない造り。こんな場所に今まで何度訪れただろうとエリザベータは思った。その正確な数も、長く生きている今では数えることも出来ないだろう。それに哀しみを覚えたことは、多分ない。
 哀しみや憎しみや、それらの感情が何よりも人を蝕んで争いに繋がることを知っている。「国」である彼女とて「人」として生きる以上、例外ではない。だから彼女はそういうものを極力持ちたくないと思ってきた。この国に生きる人々、上司、他の誰かがそうなっても、せめて自分だけはそうならないように。それが例え、そんなものを持ったとしても仕方ないのだ、という諦観の産物だとしてもだ。

 病室の場所を確認すると、エレベータに乗り込み少しだけ歩く。上司に付いて行くと辿り着いたらしく、コンコン、と拳で軽くドアを叩くと、中から「どうぞ」とよく通る声が聞こえた。
「失礼する。元気か」
「直々の見舞い恐縮です、感謝します。…そちらは?」
「丁度良かったからな、連れて来てしまったよ」
「初めまして。エリザベータ・ヘーデルヴァーリと申します」
 エリザベータが一つの「国」だということを理解する者は、この上司と他にそういない。人と知り合う機会もそう多くあるものではないし、話したとしてすんなり理解出来る者もそもそも少ないだろうし、何より言っても仕方のないことなのだ、というのが彼女と彼女を理解する者の大凡の総意だった。それに上司が連れて来た、と一言言えば詮索をされることもない。秘書か優秀な部下か、とでも認識されるはずだ。(歳が大きく違って見えているはずなので、万が一にも嫁とは思われないだろう、と願うが)
「傷の調子はどうだ?」
「順調に回復しているそうです。負傷した時もそんなに深いものではなかったので。このままならあと数日で退院出来ると」
「そうか。副隊長が心配していたからな、連絡を入れてやるといい」
「そのつもりです」
 どうやら小隊長らしい。しかも上司が直々に見舞いに行こうと言ったのだから、少なくとも階級はかなり上だ。しかし名を知らない。自分、「国」の為に働く彼らの名を、こういう機会でもなければ知らずに済んでしまうのだと思うと、エリザベータは自分がひどく情けない気がしてしまった。
 二人が話を続けており、自分には分からない話題だったので、ひとまずエリザベータは途中で買った花を花瓶に生けると、手持ち無沙汰になり窓の外を見ていた。静かで、彼らの話し声の他には、風で木々がざわめいてさあ、と鳴っているだけだ。季節もそろそろ夏が近いせいか、空気が少しだけ暑い。真っ青な空に幾筋かの雲が流れ、その間を真っ直ぐ泳ぐように飛行機が飛んだ。
 暫くそれに見とれていたが、上司の「おお、そうだ」という突然の声で我に返った。
「この後予定があったことを忘れていたよ。済まないが先に失礼する」
「え、それなら私もそろそろ…」
「いやいや遠慮するな、もうちょっとここで彼と話して行きたまえ。まだあまり話をしていないだろう」
「え、いや、ちょっ」
 お大事にしたまえよ、と人の話を聞かずに笑って出て行ってしまった上司にそれを失礼だと咎められるわけもなく、部屋に取り残されてしまった。しまった、気まずい。沈黙が耳に五月蝿い。
 話題を模索するが何がいいだろうか。ここのところ旧知の友人と話す機会しかなかったせいか話題選びが難しい。傍らに置かれた本のタイトルをそっと見やってみるが自分の興の範囲と被っているものはなく、エリザベータは余計に焦った。
 ふと、それらの上に置かれた別のものを見付けた。写真だった。3人ほど映っている。それの1人が彼だということはすぐに分かった。少しだけ見ていると、彼はその目線を察したのか、
「俺、嫁さんと娘が1人いるんです」
 唐突に話し始めた。
「ここから少し南に家を持ってるんです。休日は一緒に過ごすって約束してるんですけど、今週は叶いませんでした。これが6回目なんですけど」
 結構破ってますよね、と苦笑しながら彼は続ける。
「でも、俺、死なないって決めてるんです。何があっても、嫁さんと娘の為に。って、よくある映画とかだと、こういうこと言う奴に限ってすぐ死ぬんですけどね」
 そんなこと言ったって仕方ない、死にたくないから、死ねないから、死なない。始めはえらく悩みましたけど、結論が出てしまえば簡単なものなんですよね。
 彼は真剣に、それでも笑顔で言う。家族のことを思っているからなのだろう、その優しさのあまり、エリザベータは言葉に詰まった。そして喉から絞り出すような声で言った。
「…決心があるのなら、それで充分だと思います。あなたは強いから、きっと死にません」
「恐縮です。そうだといいです、その為に、回復したらまた頑張ります」
 はにかんで笑う彼の顔には、迷いの色もなかった。エリザベータはただそれが羨ましく思えた。自分にも彼のように一本守るべき筋があるとしたら、それはどのようなものだろうか。考えたことがない。そもそもそんなものは本当にあるのか? エリザベータは初めて考えるのが怖い、と思った。

 その後他愛のない会話がぽつぽつと続いたところで、面会時間も終わりとなり、エリザベータは会釈をすると病院を出た。生温い空気が口を通して肺へ到達し、それをすぐに吐いた。それが深呼吸なのかため息なのかは、エリザベータ自身にも分からなかった。
 不毛な思考をしている、と思った。それはずっと考えて来たはずのことなのに、どうして今更、とも思った。だけどそれをやめてはいけないと分かっていた。空がどこまでも続くように悩み続けることが自分の仕事、とは思わなくとも、出口のない迷路に出口を見付けた彼を羨ましく思った。
 風に乱された髪を整えると帰路についた。彼と自分の共通項はただ一つ、帰る場所があることだけだった。
(迷うことは悪いことではなくて、彼と私の境遇は違う、だけど同じ世界で生きて、彼にあって私にないものがある。そんなことを考えたって仕方ないのに、考えている自分がいる。今までしてきたことに後悔はないけど、時々思ってしまうことがある。もしもなんて考えたくはない、それでも…、それでも、生きてやるべきことがある。そんな簡単な結論だけは、分かっているんだわ…。)